研究テーマ

軽い機敏な仔猫 何匹いるか

タイトルに借用した一文は、ちょっと高度なことばの遊びです。何のことだか、おわかりでしょうか? ヒントは、「竹藪 焼けた」。わかりやすく書けば、「タ・ケ・ヤ・ブ・ヤ・ケ・タ」。そうです、上から読んでも下から読んでも同じになる文、回文(かいぶん)です。トマト、ヤオヤといった簡単なものは、子どもでもよく知っていますね。今回は、道具がなくても楽しめる「ことばの遊び」をご紹介しましょう。

回文という、ことば遊び

「軽い機敏な仔猫 何匹いるか(カルイキビンナコネコナンビキイルカ)」という回文の作者は、「ことばの名人」と謳われたコピーライターの土屋耕一さん(故人)。同じくコピーライターの糸井重里さんは、「こんなにことばと仲のいい人をぼくは知らない」と言います。広告のコピーだけでなく、俳句を詠み、さまざまなタイプのことば遊びを楽しむ人でした。中でもお得意だったのが「回文」。「軽い機敏な仔猫 何匹いるか」はその代表作であり、それを表題とする回文集もあります。
「ママが私にした我儘(ママガワタシニシタワガママ)」「滝に目がなく眺めにきた(タキニメガナクナガメニキタ)」「動物狂(アニマルマニア)」「苦労者のモウロク(クロウモノノモウロク)」「関係ない喧嘩(カンケイナイケンカ)」「泣いたりした方、知りたいな(ナイタリシタカタ、シリタイナ)といった短いものから、「白雪の夜も積もるよ軒揺らし(シラユキノ ヨルモツモルヨ ノキユラシ)」「消ゆる岸、いましばし舞いしきる雪(キユルキシ イマシバシ マイシキルユキ)」といった俳句調、そして「杖を手にし、明日を頼むナ、と米兵ベトナムの田を素足にて嗚咽(ツエヲテニシ、アスヲタノムナ、ト ベイヘイ ベトナムノタヲ スアシニテ オエツ)」といった長文まで。挙げれば限りないほどで、毎年の年賀状も干支を詠み込んだ回文で作られていました。

ことば遊び、いろいろ

土屋耕一さんのことば遊びは、回文だけにとどまりません。
例えば、ひとつの漢字をいくつかの部分に分解して、それを川柳に仕立てて遊ぶ「詰字」。「終わり」という字は「糸」と「冬」で出来ているから、「毛糸ぬぐ そろそろ冬も終わりです」といった風にそれを詠み込んで句にしてしまいます。
また、文字を入れ替えて別の語をつくりあげるアナグラム(替え句)では、「トンカツ、コロッケ」が「欠陥トロッコ」に。有名な映画の題名も、替え句で遊べば、「お熱いのがお好き」は「素顔のおつきあい」に、「第三の男」は「お大根の里」に、「真昼の決闘」は「日の丸凍結」に、「夕陽のガンマン」は「悲願の漫遊」に、「ブリキの太鼓」は「豚生き残り」にと、面白いように変化。いやはや、お見事というしかありませんね。
他にも、(い)石ころ→(ろ)六月競馬→(は)遥かな国…と、いろはの順で尻取りをしながら短い一句を鎖のようにつなげていく、「いろは文字ぐさり」。キングコングのつもりになって、キングコングの目で俳句を詠む「キングコン句」などなど。
なんの道具も必要としない「ことばの遊び」は、やり方しだいで無限大に広がることがわかります。

遊びの原っぱ

雑誌『話の特集』で連載されていた「土屋耕一の遊び場」の序では、「今月から、このあたりへ遊び場をつくります。ま、遊び場と言ったって、面白い設備はなにもない。あるのはただ"考えるための原っぱ"だけ。でも、この原っぱでは、大きめの一枚の紙と2Bのエンピツが一本あれば一日中ここで楽しく遊んでいることができるのです」と書かれています。
広辞苑によれば、「遊ぶ」とは「日常的な生活から心身を解放し、別天地に身をゆだねる」こと。この定義のように、私たちは「遊び」というと、わざわざどこかへ出かけて行ったり、生活に関わりのないことをしたりと、なにか特別なことをイメージしがちです。でも、「考えるための原っぱ」があればエンピツ一本で楽しく遊べるように、遊びの原っぱは、いつでもどこにでもつくることができるもの。「遊び」の基準は、それに向き合う人ひとりひとりの心の内にあるといってよいでしょう。日常の中にも遊びのタネは豊富にあり、また「遊び」と定義することで些細な事柄も楽しめそうですね。

遊びがないからといって、もちろん、飢えて死ぬことはありません。でも、遊びのない人生は、どこか物足りない。人生を彩り、充たしてくれるのが「遊び」だとしたら、私たちも、そろそろ「遊び」について考えてみる時期に来ているのではないでしょうか。
みなさんは、どんな遊びをなさっていますか?

※参考図書:「土屋耕一のことばの遊び場 和田誠/糸井重里・編」(ほぼ日ブックス)

2015年1月30日(金)発行予定の小冊子「くらし中心 no.14 あそびましょ」では、「遊び」をテーマに、さまざまな角度からその意味を探ります。全国の無印良品の店頭で無料配布すると同時に、「くらしの良品研究所」のサイト小冊子「くらし中心」からもダウンロードできますので、ぜひご覧ください。

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生活雑貨

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