研究テーマ

虫のいい話

冬ごもりしていた虫が這い出るという「啓蟄(けいちつ/今年は3月6日)」も過ぎ、春の陽射しに誘われるように虫たちの動きが活発になってきました。「虫の居所が悪い」「虫が知らせる」「腹の虫がおさまらない」「悪い虫がつく」、はたまた「弱虫」「泣き虫」「金食い虫」「点取り虫」などなど、見まわせば「虫」のつく言葉がいっぱい。かつては、それだけ虫が身近な存在だったということなのでしょうが、私たち現代人は、虫のことをあまり知らないかもしれません。

虫が好かない?

無印良品の「棚田トラスト」では、昨年から、千葉県鴨川市にある棚田で田植えや草取り、稲刈りなどの農作業を行っています。子ども連れで参加する人も多いのですが、面白いのは「虫」を発見したときの子どもたちの反応。田んぼには、クモやバッタ、テントウムシ、トンボなどなど、たくさんの虫たちが生きています。なかには、見た目のよくない虫や刺されると痛い虫たちもたくさんいます。
虫に気がつくと、大人たちの多くは「刺されないように」とか「害虫では?」といった警戒心が先立つのが普通。それに対して子どもたちの反応は、追いかけたり、捕まえたり、手に取って触れてみたりと、「生きもの」への純粋な好奇心にあふれていて、楽しそうに見えます。そういえば、私たち大人だって、子ども時代にはワクワクしながら昆虫採集をしたはずなのに、いつから「虫はイヤなもの、避けるもの」になってしまったのでしょう?

虫の顔

映画「奇跡のりんご」のモデルになった木村秋則さんは、農薬なしで育てることは不可能といわれていたりんごの無農薬栽培に成功した人です。
農薬の散布を止めて害虫が大量発生したとき、木村さんは、りんごの樹にたかる害虫、ハマキ虫を、毎日毎日、取り続けたといいます。スーパーのビニール袋を片手に、ひたすら虫を取り続ける毎日。ふと、この虫はどんな顔をしているのだろうと、虫メガネでその顔を覗いてみると、「これが予想に反して、なんとも可愛い顔をしていた」のだとか。そして「人間が害虫としている虫はだいたい可愛い顔をして」いて「反対にその害虫を食べてくれる益虫は、なんだか怪物のような怖い顔をしている」と、その著書(『土の学校』幻冬舎)に記しています。
そして、「害虫というのはリンゴの葉や実を食べる、言うなれば草食動物」であり、「害虫を食べてくれる益虫は、肉食獣つまり猛獣」。「猛獣に比べたら草食獣が平和な顔をしているのは、当たり前のこと」という解説には、自然へのやさしい眼差しが感じられます。

益虫と害虫

木村さんは、同じ著書の中で、「たとえその虫が正真正銘の害虫だったとしても、リンゴの木にとってためになることを最低ひとつはやってくれている」と書いています。それは、「リンゴの害虫を食べてくれるいわゆる益虫の、食料になるということ」。害虫をせっせと食べてくれる「益虫の命を支えているのは実は害虫」であり、「その害虫を滅ぼしたら、益虫も滅びる」というのです。
「生態系とは、生きとし生けるものすべてが、網の目のようにつながって生きている、命の全体の働き」と語る木村さんの目から見ると、「その生態系の一部である生き物を、人間の都合で、善と悪とに分けてしまうことが、そもそもの間違いの始まり」なのだとか。「害虫とか益虫という言葉に惑わされてはいけない」「自然の中には、善も悪も存在しない」「どんな生き物も、生態系の中で与えられた自分の役割を果たしているだけ」という言葉には、土とともに生きてきた人ならではの実感と重みがあります。

地球の虫

姿かたちから、毛嫌いされる虫もいます。その代表的なものが、英語で「アースワーム(Earthworm)」と呼ばれるミミズ。見るだけで悲鳴をあげる人も多いのですが、その名の通り、地球を耕してくれる貴重な存在です。
ミミズといえば、ヌルヌルとした柔らかい体を思い浮かべますが、その体は体液に圧力をかけることで硬くなり、掘削用ドリルのような働きをするのだとか。土の中に含まれている微生物などを餌として一生のほとんどを地中で過ごし、土を掘りながら、土ごと取り込んで土ごと排泄。そんなミミズの生命活動が地中を耕し、土の中に縦横にできる複数の穴が通気口となって微生物の活動や有機物の分解を促し、土が豊かになっていくのです。
古代ギリシアの哲学者アリストテレスはミミズを「大地の腸」と表現。進化論を唱えたイギリスの自然科学者ダーウィンは、ミミズ研究に40年を費やし、「人間が耕すよりも前からミミズによって土は掘り返されてきた。このちっぽけな生き物が、世界の中でどんな生き物よりも重要な役割を果たしている」と賞賛しています。ふだんはあまり目に触れないところで生きている虫たちが、実は大地や自然の生態系を支えてくれていることを、私たちはどれほど認識しているでしょう?

「虫けらのように」といえば、人間として扱われないことのたとえですが、人間の都合で益虫・害虫と区分けし、害虫は「虫けら」として邪魔者扱いしてきたその結果が、生態系の破壊につながっているのかもしれません。農作物を食い荒らしたり病気を媒介するような虫は、たしかに困りものですが、単に「外敵」とみなして抹殺するだけでは、本当の解決策にはならないような気もします。
自然環境の保護は、いまや人類共通の緊急課題ともいえるもの。その第一歩として、虫のような小さな命と向き合うことも必要ではないでしょうか。
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※参考図書:『土の学校/木村秋則・石川拓治』幻冬舎
※ミミズは一般的には虫の一種として扱われていますが、生物学上は「環形動物門貧毛網」に属していて、昆虫(節足動物門)とは別種の生物です。

研究テーマ
生活雑貨

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