風の音色
ちりり~ん、ちりり~ん かすかな風の動きを涼やかな音色に変えて伝える風鈴は、日本の夏の風物詩。まだクーラーなどなかった時代、蒸し暑い日本の夏をやり過ごすのに欠かせない、暮らしの小道具でした。ところで、この風鈴、そもそもは魔除けのための道具だったということをご存じでしたか?
邪気を祓(はら)う音
古来、日本では魔除け(まよけ)や邪気祓いのために、そして神を引き寄せる合図として、鈴や鐘、太鼓などを活用してきました。縄文時代の土鈴や農作物を荒らす動物を追い払うための鳴子(なるこ)、山菜採りなどで山に入る人が熊除けのために腰につける鈴なども、同じ意図から。また、神社で鈴を鳴らして神様を拝んだり、お寺で鐘を搗(つ)いたり、仏壇で鈴(りん)を鳴らして先祖を拝んだりするのも、その音が聞こえる範囲を浄める意味があるといいます。
風鐸(ふうたく)から風鈴へ
お寺の堂の軒の四隅に、鐘形の鈴が吊り下げられているのをご覧になったことがありますか? それは「風鐸」と呼ばれ、強い風が吹くとやや鈍い音でカランカランと鳴る青銅製の器具。強い風は流行病や悪い神をも運んでくると考えられていたことから、音によって邪気を祓っているのです。
そんな風鐸が、夏を乗り越えるための魔除け道具、すなわち暑気払いのための器具として次第に定着していったのが風鈴。というのも、気温や湿度の高い日本の夏は、菌が繁殖しやすく病も広まりやすい季節だからです。
江戸時代末期にはビイドロ製の吹きガラスで作られた風鈴が一世を風靡(ふうび)し、天秤にたくさんの風鈴をぶら下げた風鈴売りたちが、江戸八百八町を売り歩いたとか。そして風鈴売りは、物売りにしては珍しく、売り声をあげることはまずなかったといいます。売り物の風鈴が、そよ風を受けて軽やかな響きを奏でれば、それにまさる売り声はなかったのかもしれませんね。
風鈴は、なぜ涼しい?
風の動きをキャッチして鳴る風鈴の音を聞くと、私たち日本人は「涼しい」と感じます。しかし、これは日本人特有の条件反射ではないか、という見方もあります。湿度の高い日本の夏には、少しでも風が吹くと涼しさを感じるもの。クーラーなどなかった時代、湿気が多くむしむしと暑い夏をやり過ごすため、人々は風鈴の音を聞くことで風の動きを知り、涼しさを感じてきました。「風鈴が鳴る=風が吹いている=涼しい」と脳がイメージすると、抹消神経に指示が行き、実際に体温が下がる。つまり脳は、思い込みによって末梢神経の活動に変化を与える、というわけです。ただしこれは、「脳が涼しいとイメージできなければ、起こらない現象」だとか。風鈴を知らない外国の人や、風鈴になじみのない若い人では、体表面温度が下がらなかったといいます。
また、風鈴の音色には、α波(リラックスしている時の脳波)を誘発し、私たちを安らぎへと導いてくれるといわれる1/fのゆらぎがあるとも。1/fは自然現象の中にある、予測できるようでできない揺れで、私たちの心地よさの元といわれますので、それが涼しさにつながっているのかもしれません。
風鈴のいろいろ
今年も川崎大師(川崎市)の境内では、7月17日から21日までの5日間、恒例の風鈴市が開かれます。全国最大規模の風鈴市といわれ、昨年は47都道府県から約900種類、3万個の風鈴が並んだとか。
風鈴の定番といえば、ガラス製の江戸風鈴や南部鉄器の風鈴がよく知られますが、材質や産地によって音色も姿もさまざま。ガラス製では、蒔絵(まきえ)が映える福島の喜多方(きたかた)風鈴、南国情緒あふれる沖縄ビイドロ風鈴、九谷焼・備前焼・瀬戸焼など焼き物製の風鈴、鉄製の火箸がこすれて音を出す明珍風鈴や備長炭の風鈴まであり、「ご当地風鈴」にはそれぞれの風土が色濃く映されています。
同じ材質でも成分の比率の違いやちょっとした形の違いで一つひとつ微妙に音が異なり、それがまた、人を惹きつける風鈴。その時々で、心地よいと感じる音が変わるのも、人と風鈴との関係をあらわしているようです。
鳴らない風鈴
音で涼しさを運び、音で心を和ませてくれる風鈴ですが、「生活騒音」として、ご近所トラブルの原因になることもあるといいます。そんな風潮を映して、最近では卓上型や壁掛け型など、部屋の中で使う風鈴も登場。音が鳴らないようにワンタッチで切り替えできる風鈴や、まったく音がしない観賞用の卓上風鈴まで売られているとか。
風景、風情、風雅、風趣
情景や情緒をあらわす言葉のなかには、「風」という文字が含まれています。「風」は、「空気の流れ、気流、特に肌で感じるもの」(『広辞苑』)とあるように、目には見えないもの。そうしたものに重きを置き、「感じて」きたのが、日本的感性でした。生活環境の変化とはいえ、風鈴の音がトラブルになる社会というのも、少し窮屈で寂しい気がしないでもありません。
みなさんは、風鈴をどんなふうに楽しんでいらっしゃいますか?