研究テーマ

スパイスを楽しむ

暑さで食欲も衰えがちなこの時季、「でもカレーライスなら食べられる」という方や「薬味ののった冷や奴なら食べられる」という方もいらっしゃるでしょう。こってりとあっさり、真逆に見えるこの二つの料理には、共通点があることにお気づきでしょうか? それは、夏の胃袋にほどよい刺激を与えてくれるスパイス。今回は、そんなスパイスについての話です。

スパイスの効能

激辛料理やエスニック料理でおなじみのスパイスは、香りづけや、辛みづけ、色づけ、臭み消しなどに使われ、料理に独特の風味やアクセントを与えます。またその辛みや香りには、発汗作用で体温を調節したり、胃液の分泌を促して食欲を増進させたりする効果もあるといわれます。
例えばガーリックやショウガ、ワサビ、そしてカレーに入れるクミンやターメリックなどの成分には、体内にこもった熱を発散させる働きがあり、さらに胃の粘膜の血行をよくする働きがあるため、食欲アップや夏バテ解消にもつながるとか。エジプト、クフ王がギザの第一ピラミッドを建設する際に、ガーリックやオニオンなどを労働者に支給するために莫大な費用を投じたという話も、スパイスの効能を期待してのことだったのでしょう。

「辛い」は「熱い」

「辛い」ことを英語で「ホット」というのは、なぜでしょう? 味には「甘味、塩味、酸味、苦味、うま味」の基本五味がありますが、この中に「辛味」は入っていません。その理由は、味を感じる器官の違い。基本五味の受容体が味蕾(みらい:舌や口腔内の粘膜にある味を感じる小器官)にあるのに対して、例えばトウガラシの辛味成分カプサイシンの受容体は、体のすみずみにまで張り巡らされている感覚神経系の細胞にあります。その本来の役割は、「痛い・痒い・熱い・冷たい」といった情報を脳へ伝えること。つまり、辛みは脳の体温調節中枢に温熱情報としても伝わっているのです。
暑い季節に熱くなるものなんて…と思いますが、実際にトウガラシを食べると、深部体温が上昇すると同時に、体表面の血流が増して放熱し、体表温は次第に低下していくのだとか。インドなどの暑い国でトウガラシが常用されるのは、この体表面からの熱の放散による爽やかさを求めてのことなのでしょう。

薬味は日本のスパイス

スパイスの多くは熱帯性の植物ですが、四季のある日本で栽培できるスパイスもあります。日本原産のワサビやサンショウをはじめ、シソ、ショウガ、ニンニク、ミョウガ、ウコン、トウガラシ、クチナシ、ニラ、ハッカ、ヨモギ、ユズ、陳皮などがそれ。欧米では、スパイスを味つけや臭み消しに用いるのに対し、日本では素材の味を生かす「薬味」として生で用いられることが多いのが特徴です。刺身の「つま」や「けん」、すまし汁やみそ汁の「吸い口」、煮物や酢の物にあしらう「うわおき(天盛り)」なども薬味の仲間。素材の持ち味を生かす和食に添えられるため、比較的マイルドな味や香りのものが主流です。また、薬味には飾りとしての役割もあり、白髪(しらが)ネギ、針ショウガ、ユズ、紅葉おろしなど、繊細な色や形で料理の盛り付けを引き立てます。

インドの「おふくろの味」

カレー料理の本場、インドの家庭で常備されている主なスパイスは、ターメリック、クミン、コリアンダーシード、マスタード、赤トウガラシなど。それに加えて、料理に深みを与えるための「ガラムマサラ」というミックススパイスが欠かせません。その主材料はクミン、黒コショウ、シナモン、ブラックカルダモン、クローブ、ローリエなど。これらを家庭ごとの配合でブレンドし、軽く火で煎って香りを立ててから、石臼などですりつぶしてパウダー状にします。まとめて作り置きしたそれをベースに、インドの主婦は、その日の天候や家族の体調によってスパイスを追加して「その日のガラムマサラ」にするのだとか。その味は、各家庭の「おふくろの味」として、母から娘へ伝えられるといいます。スパイスとは、本来、そういう使われ方をしてきたものなのかもしれません。

スパイスで元気に

日本のトウガラシには、一味(いちみ)と七味(しちみ)があります。「一味」は赤トウガラシの粉で、「七味」はそれにサンショウやゴマ、麻の実などの「五香」を加えて調合したもの。医者や薬問屋が集まっていた江戸の薬研堀(やげんぼり)で、寛永年間(1624~1644年)に漢方薬として売り出され、風邪気味のときには体が温まると人気だったそうです。
新しいところでは、「ジンジャラー」という言葉まで生まれた「生姜ブーム」。その背景には、肩凝りや腰痛、肌荒れなど多くの女性が抱えている体の悩みがあり、「冷え解消」に向けた意識の高まりがありました。古今東西、人はスパイスの力を上手に活用しながら生きてきたんですね。

世界で栽培されているスパイスは、700種類以上。その中で、自分に合うものを見つけられたら、食の世界は楽しく広がっていきそうです。英語のspiceには、「趣(おもむき)、面白み」や「味わいを加える」という意味も。暮らしにアクセントをつけてくれるスパイスも、見つけたいものですね。
みなさんのお気に入りのスパイスは、なんですか?

参考図書:『スパイスなんでも小辞典』日本香辛料研究会(講談社)

研究テーマ
生活雑貨

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