アート どこでも会える夏休み
美術館や専門のギャラリーにしか「アート」は無いと思う方がまだいらっしゃったら、この夏は出かけた先で目と心を開いてみてください。あちこちに、「アートの現場」はあるものです。何をアートと見るか、という楽しみを探すのも夏休みならではの体験かもしれません。
津々浦々の試み
もちろんこの夏は全国の美術館も夏休みに向けて企画満載です。そのニュースも交えながら世界各地で起きている現代アートの企画催事の背景などに目を向けたいと思います。
ロンドンから電車で東南へ一時間半ほど行った先にある港町、ヘイスティング。
中世からの建物や遺跡が有名で近隣の町を含めて風情のある、イーストサセックス地方のエピソードとイメージから始めましょう。
今年の春にその町を訪れた「くらしの良品研究所」のスタッフが海辺に並ぶ黒塗りの小屋とその壁に張られた写真の肖像に魅入られてしまいました。聞くと2年前の写真・ポスター催事の名残だとか。ある写真家が提案して海辺に連なるネット小屋の壁にこの町の漁師さんたちの肖像写真を掲げ野外写真展を行ったもので今あるのはその名残だということです。漁網の大きなネットを干して保管しておくため三階建てほどの丈のある小屋が並んでいるのですが、モノクローム(白黒)ポートレートの海の男たちがカッコよく、それをその港町のアイデンティティであるネット小屋に掲示した企画でした。大きな画像が出力で可能となった現代のテクノロジーにも感謝です。アートで町興しなどの言葉が日本では行き交っていますが、どのような環境で何をどう展示するかがどこまで詰められているか。見る側の私たちも批評眼を磨く必要がありそうです。不況や過疎の象徴のような閉じたシャッター街に、業者やコンサルタントが設置して置き去りにされた彫刻などがゴミをかぶっている現状を見るのは辛いものです。
アートが心と生活を豊かにしてくれるから欲しい、そんな純朴な思いから出発していた筈なのに。特に日本では不動産業や自治体の設置する"パブリックアート"にも検討の余地がありそうです。
一方で新しいアーティストの成長を支える仕組みもさまざまに見られ、アートが社会で生きた役割を果たすためのプロフェッショナルも育っています。活発なアート企画や作家には生まれてきた過程があり、ここではその背景を見てみましょう。
アーティストの孵化器という考え方
20世紀の終わりの30年、つまり1970年代あたりまで、アートはハイアートとローアートに区別されるような考え方が世界中で支配的でした。日本語では「高尚な芸術」ということになりますが、美術館を権威の頂点とするような"美術界"への視線が一般の人びとの間にもあり、その美術界の中ではデザインや写真は美術の範疇にはなくて見下されてさえいたのです。今考えると信じられないような状況です。
日本の現状では、新進のアーティストが公立美術館で展観の機会を持つことは珍しくなくなりました。学芸員の企画で、展覧会テーマにふさわしい新人が選ばれたり、新人の選抜展を行ったり、またそのジャンルも写真、映像、工芸、手芸などにわたっていることは既にお気づきのことと思います。そのような変化が、ここ十数年の間に起きた理由にはさまざまなインキュベーター(孵化器)の仕掛けの努力がみのってきていることが上げられます。
表現意欲を持つ若い人たちが、その才能を開かせるために社会は何ができるか。
そのようなミッション(使命感)があって始められたさまざまな試みが国内各地で実行されていますが、多く使われている英語の呼び名から活動の内容を知ることができます。
- オルタナティブ・スペース
- 美術館でも商業画廊でもない,自主企画の場。運営者がアーティストを選び、貸し画廊のように賃料などは取らない。運営者が同時代の美術をどう見て誰を押しだしていくかという意思表示が核心にある。
- アーティスト・イン・レジデンス
- 企画のある場(地域)に滞在して制作する作家とそのプログラム。展覧会は、既にある有名な作品が借りられて壁に展示されるだけという従来のやり方に対して、作品制作の環境を準備して展覧会などにつなぐ。自治体を含む地域の有志の協力の下に住居、スタジオなどが多くの場合無償提供される。
- アーティスト・イニシャティブ
- アーティスト自身が仲間とつくる制作や発表の場、その団体。主導権はアーティストが持つという考えから出た名称です。
美術の美名のもとに営利追求のみの行為が見られることがありますが、このような自主企画の場は創作者たちの意志を通せる活動の器ということができます。
アートの現場
カタカナのご紹介で記したのは、アーティストの育つ環境の現在の姿です。もっとさまざまな、名も無い試みも沢山あるはずですが、表現意欲のある人ほど既成の空間や展示の仕方などを避けてユニークな場を選びます。そしてそのような試みをする人たちが前出のようなインキュベーターで力をつけてどんどん生まれてきています。それらの新しい動きを発見したり、鑑賞したりする、受け手の側も心を開いておかないと折角の才能を見過ごしてしまいますね。
夏休みで出かけた先でどんなアートに出会えるかと思うとワクワクする人もいるでしょう。3年に1回のトリエンナーレという大規模な美術催事などはそれ自体が目的の旅ともなります。そういうところでは、古民家の再生空間で最も先端的なディジタルアートが設営されていたりします。アートで町興しなどの試みも多いので、種々様々なアートの現場に立ち会うこともあるでしょう。
いやそれよりも、町や村そのもののたたずまいこそアートだと思える場所に遭遇することもあるでしょう、イギリスの港町の例のように。
夏休みは意外なところにアートと会う楽しみが潜んでいます。展覧会とあらたまってないけど、これこそアートだと思ったなどの経験、発見、ニュースをお寄せください。
この夏アートに会えるところ
ほんの一部をご紹介