本の読み方
食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋。気候のいい秋は、とかく興味のあるさまざまなことに打ち込みたくなる季節でもあります。「読書の秋」もそのひとつ。10月27日からは「読書週間」です。今回は今風の本の読み方について考えてみました。
本の買い方
数年前までの常識が、急に変わってしまうことがあります。たとえば本の買い方です。本といえば、昔は本屋さんで買ったもの。書棚を行きつ戻りつし、気になる本を手に取り、ページを開いては書棚に戻す。本好きにとっては本を買う行為もまた楽しみのうちだったように思います。
アメリカでネット通販が誕生し、本の買い方に異変が起きました。インターネットで検索し、宅配便で取り寄せる人が増えたのです。電子書籍も普及して、紙ではなくスマホやタブレットで読む人も見かけるようになりました。
本の買い方の変化は、本そのものの"重み"をも変えてしまったように思います。デジタルの中に取り込まれた本は、その他大勢の「文字コンテンツ」と一緒にされ、価値の輝きを失いつつあるのではないでしょうか。文字コンテンツとは、つまり情報のこと。趣味や楽しみではなく、単なる「情報」入手の手段として本を買う人が増えてきたように思います。文芸書や写真集が売れず、実用書や啓発本などがベストセラーの上位を占めるのも、その現れではないでしょうか。
速読コンプレックス
本を単なる「情報」と考えれば、速く読めるに越したことはありません。世に「速読術」なるものが出てくるのもうなずける話です。事実、書店に行っても速読を勧める本は数多く並んでいます。右脳を鍛え、眼球を速く動かし、1ページ数秒で読み飛ばしていく、そんな神業のような読み方に憧れる人も少なくありません。
一方、こういった読書術を真っ向から拒絶する人もいます。芥川賞作家の平野啓一郎さんです。平野さんは著書「本の読み方 スローリーディングの実践」の中で、速読術を評して、「一ヶ月に本を100冊読んだとか、1000冊読んだとかいって自慢している人は、ラーメン屋の大食いチャレンジで、15分間に5玉食べたなどと自慢しているのと何も変わらない」と言っています。そしてまた「私たちは、日々、大量の情報を処理しなければならない現代において、本もまた、『できるだけ速く、たくさん読まなければいけない』という一種の強迫観念にとらわれている」と。"速読コンプレックス"に惑わされず、本はゆっくり読むべし、というのが平野さんの主張です。
遅読のすすめ
"ゆっくり読む派"のもうひとりの代表は、書評家の山村修さんです。著書「遅読のすすめ」の中で山村さんは、速読は「みずから情報をどんどん摂取し、どんどん排泄していく『情報人間』になろうという人生上の選択をした人にとってのみ有効な読書術である」と書いています。一般の人が速読のできない自分に焦ったり、読書量が少ないと悩んだりする必要はない。「決然と遅読派であってよい」と断言するのです。
山村さんの著書で印象に残った言葉があります。それは「読み方は生き方である」というもの。人には人の生き方、暮らしのリズムがある。そのリズムに合わせて読めばいいのであって、月に何冊、何十冊読めというのはとぼけた話だというのです。自分にとって読む価値のある本だけを選び、美味なる料理に舌鼓を打つように、上質な書物をじっくり味わいつくせばよいということなのでしょう。
秋の夜長
現代は何もかもがスピードアップし、速いことがよしとされる傾向にあります。電車も、飛行機も、ネットの通信速度も、情報のやり取りも、生活のテンポまでが加速して、慌ただしさに追われるうちに、あっという間に1年が過ぎていくようです。こんな世にあって、本もまた「速く読まねばならぬ」という焦燥に駆られるのでしょうか。
でも、本を単に「情報」と見なして速読するのは、料理を単に「栄養」と見なして胃袋に詰め込むようなもの。作家が命を削るほどの思いをして丹誠込めて書いた書籍などは、やはり極上の料理を味わうようにゆっくり読まねばもったいない気もします。
「読書の秋」という言葉は中国の詩人韓愈(かんゆ)の詩の一節「燈火稍可親(灯火ようやく親しむべく)」に由来しているとか。これは韓愈が我が子に学問の大切さを説くために作った詩で、「涼しい秋は明かりのもとで読書に親しむがよい」という意味があるそうです。
もちろん本を読む速さは人それぞれで、速く読もうが、ゆっくり読もうが自由です。ただ、「秋の夜長」と呼ばれる今ほどは、周囲の雑音を断ち切って、あえてじっくりと一冊の本に向き合うのもいいかもしれません。
今回コラムを書くにあたって参照した二冊の本、平野さんと山村さんの著書は実に味わい深いものでした。ぜひとも機会を見て、資料としてではなく書物として、ゆっくり再読してみたいと思います。
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参考図書:
『本の読み方 スローリーディングの実践/平野啓一郎』PHP新書
『増補 遅読のすすめ/山村修』(ちくま文庫)