農業の行方
東京で生まれ育ち、東京で仕事をしていた人が、田舎に移住して野菜作りを始めた━そんな話を聞いても、奇異な感じをもたないばかりか、「うらやましい」という反応をする人も増えてきました。それだけ農への関心が高まり、農が身近になってきたことのあらわれでしょうか。こうした流れの背景には、食に対する安全意識の高まりももちろんありますが、どうもそれだけではなさそうです。
変化の象徴としての農業
農水省は、平成12年度から「青年就農給付金」をスタートさせました。この政策によって、その年の39歳以下の農業新規参入者は前年度の2倍(1,500人)になったとか。仕事を選ぶにしても、お金を稼ぐことに執着するのではなく、自然とつながり、社会に貢献することの方に重きを置く。そんな価値観の人が増えていることも、この流れにつながっているかもしれません。
若者だけではありません。ファッション関係の仕事に長年携わった後、軽井沢に居を移して野菜作りを始め、今ではレストランと提携して安定した農業家になっている人。東京を離れて八ヶ岳に移住し、地元の農園と提携しながらレストランの経営やオーガニックの保存食を作る試みをしている、料理研究家。家族と共に茅ヶ崎に移り住み、1.5ヘクタールの畑で無肥料・無農薬の野菜を作る農業家になった東京生まれの女性
これらはほんの一例ですが、以前では考えられなかったようなかたちで、新しい農業が実現し始めていることがわかります。
農村のニューウェーブ
古くから農業とともにあった地域でも、今までにない新しい波が起こっています。ここでご紹介するのは、無印良品のキャンプ場がある新潟県津南町の外丸という集落。津南の駅から西に少し離れた小さなエリアですが、うまい米で名高い津南町の中で、主に一等米を産出するところです。
日本のほとんどの米農家は個人事業主ですが、自分のやりたいように「自由な農業」ができていたかというと、そうではありません。戦後のさまざまな規制や地域の習慣などがそれを阻んでいたからです。稲作は、水や労働の共有など、地域が連帯しなくてはできない仕事。津南町のように古くから稲作が行われてきた地域では、個々の農家のつながりが一層強固で、新しいことをやりにくい空気もあったかもしれません。しかし、時代とともに国の農業政策が変わり、農家の代替わりも進み、ここに来てやっと、自分たちの思う自由な農業を始められる時代になったといいます。
地域一丸となった農業法人
先祖から受け継いだ田畑と農業技術を、時代に合わせ、継続性のある農業構造として残したい。そんな思いから、津南町外丸では地域が一体となって法人経営していく新しい農のかたちをつくりました。
おいしい米を作るのに必要なものは、寒暖差のある気候と豊かな水、そして土。稲が育つために田んぼに大切な三大成分は「窒素・リン酸・カリウム」ですが、火山灰土の多い日本では土が窒素を含みにくく、すぐに流れ出てしまうので、それを補うために化学肥料が多く使われます。そこで、外丸の人たちが注目したのは、河の堆積土でした。化学肥料を減らしておいしい米を作るためには、河の堆積土の多い、地力のある田んぼがどうしても必要。そんな考えから、良い土を持つ個々の農家を説得し、1.5町歩(約15,000m²)の土地を借り受け、区画整理をして効率の良い環境規模をつくることから始めたのです。
米への「思い」を実現する
地力のあるこの田んぼを使い、現役の働き手や後継者となる人は、法人の社員として、ここで米作りをします。そして、高齢で働けない人や後継者のいない人には、土地の賃貸収入が入るという仕組みです。働けなくなっても、後継者がいなくても、耕作放棄や離村をするのではなく、田んぼを守り、米どころとしての故郷を支えながら、そこで暮らしていく。そんな決意を感じさせる仕組みです。
このお話を伺うときに集まってくださった農家の方たちは、60代、50代、30代、20代という顔ぶれでした。稲は一年に一回しか収穫できない作物です。一生をかけて稲作をしても、100回も経験できません。長い時間や技術、経験の伝承が必要な作物でもあります。農業の後継者不足が言われるなか、若い世代と共に働きながらバトンを渡していけるのは、農業法人という新しい場によるところが大きいでしょう。
こうした環境のなかで、従来の農村とはまた違った新しいコミュニティーが生まれてくる可能性もありそうです。
農業回帰はルーツ確認?
農業は自然と向き合いながら行う作業です。そして日本人は、稲作農耕のなかから食文化をはじめさまざまな文化を紡いできました。
農業への回帰は、そうした日本人のルーツを確認しようとする流れなのかも知れません。そしてまた、さまざまなかたちを模索しながらさまざまな人が参加しはじめた多様な農業は、新しい時代への道標となるのかもしれません。
こうした新しい農業の動きを、都市で生活する人たちが応援することはできるでしょうか? 生産者の「思い」を感じながら、自分の目で選ぶこと、食べることも、その一つかもしれません。
みなさんは「農業の行方」について、どう思われますか?