研究テーマ

俳句とHAIKU

「古池や 蛙飛び込む 水の音」。これは松尾芭蕉が詠んだ有名な一句です。さて、この句を英語に訳すとどうなるのでしょう。
今、海外で俳句が静かなブームになっているとか。今回は日本から海を渡って多くの人々に親しまれようになった「HAIKU」に焦点を当ててみました。

俳句の英訳

Old pond
Frogs jumped in
Sound of water.

上の英語の句は芭蕉の句を英訳したものです。訳したのは作家の小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)。島根県の松江に住み、日本をこよなく愛した八雲は、俳句や短歌などの詩歌を翻訳し、海外に紹介したことで知られています。

The ancient pond
A frog leaps in
The sound of the water.

こちらはアメリカ出身の日本文学者ドナルド・キーンの英訳です。蛙は単数(一匹)で、古池の「古い」を「ancient(古代の)」と表現し、「飛び込む」も「jump」ではなく「leap」と訳しています。「leap」は「jump」より高く飛ぶイメージだそうで、その後に来る「水の音」もボチャンと大きくなりそうです。同じ英訳でも、二人の感覚の違いが現れていて面白いですね。
ただ、もうお気づきだとは思いますが、英訳の場合は日本の俳句につきものの「五・七・五」のリズムが失われます。

五・七・五の意味

そもそも俳句はなぜ「五・七・五」なのでしょうか。俳人の長谷川櫂さんの本「決定版 一億人の俳句入門」によると、「言葉には意味のほかにリズム(拍子)と音色がある」そうで、「この言葉の音楽を和歌では昔から調べと呼んできた」そうです。そして、「俳句の『切れ』はこの言葉の音楽、とりわけリズムと密接な関係がある」とのこと。なるほど、俳句を音楽と考えれば、その句にリズムがあるのもうなずけます。
言葉のリズムが「五・七・五」であることは、日本語の母胎となっている「大和言葉」が二音の単語と三音の単語を基本にしているからだとか。「はな、つき、ゆき、はる」などの二音の言葉と、「いのち、こころ、ちから、ひかり」などの三音の言葉を組み合わせると、自然と五音と七音のリズムが生まれるのです。
もちろん、外国のHAIKUに大和言葉のリズムはありません。詩としてのリズムは大切にされますが、必ずしも「五・七・五」である必要はないのです。

HAIKUの魅力

俳句を世界に広めたのは、イギリス人の文学者レジナルド・ブライスだと言われています。「日本俳句研究会」のホームページによると、戦前に英語教師として来日していたブライスは、戦中に収容所に収監されたにもかかわらず、日本国籍を取得しようとしたほどの親日家だったとか。心から日本の文化を愛し、1949年に「俳句Haiku」第一巻を出版して英語圏に俳句を紹介しました。
俳句が海外に広まった理由は、意外なことに「短くて誰にでも作れるから」だとか。HAIKUには「五・七・五」の縛りがなく、季語も必ずしも入れる必要はなく、ルールとしてあるのは全体を三行にまとめることだけ。その精神は非常に大らかで自由なのです。

rainbow of hope
amidst ocean breeze
the lone pine tree

上の句は、第4回「日EU英語俳句コンテスト※」の最優秀賞に選ばれた一句です。
日本語訳は「希望の虹 海風に立つ 松一本」
3.11の大震災を生き残った陸前高田の「奇跡の松の木」を詠んだもので、「五・七・五」になってはいませんが、詩としてのゆったりしたリズムや、言葉の「切れ」による情景の広がりなどは、まさに俳句の世界そのものです。

自由に詠む

日本の俳句にも「五・七・五」の定型を踏まないものがあります。種田山頭火や尾崎放哉が詠んだ自由律俳句がそれです。

分け入っても分け入っても青い山   種田山頭火
咳をしても一人   尾崎放哉

中心にぽんと言葉を置き、そこから四方に広がっていく余韻を味わうような句です。外国で親しまれているHAIKUは、どちらかというとこの自由律俳句に近いのかもしれません。
俳句というと「季語」や「五・七・五」があって難しいと思われる方も少なくありません。でも、定型やルールにとらわれないHAIKUであれば敷居が低く、気軽に始められるのではないでしょうか。
日本から海を渡ったHAIKUは、いまや世界の70カ国で親しまれるようになりました。短い三行の詩に情景や気持ちを込めるシンプルな言葉遊び。奥深い俳句の世界への入口として、まずはHAIKUの門を叩いてみるのもいいかもしれません。
あなたも英語のHAIKUを始めてみませんか。

※「日EU英語俳句コンテスト」は、2009年より、俳句愛好家で知られるEUの欧州理事会議長ヘルマン・ファン・ロンパイ氏の議長就任をきっかけに始まった英語俳句コンテストです。これまでに5回開催され、EU側受賞者及び日本側受賞者はそれぞれ近代俳句発祥の地である愛媛県松山市へ招待されています。

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生活雑貨

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