雪の結晶
灰色に煙る空の底から次々と湧いてくる雪片は、花びらと同じように「ひとひら」「ふたひら」と数えるそうです。なるほど、牡丹雪などは一片が十センチを超えるものもあるそうで、まるで空に咲く花のよう。その純白の花びらはすべて、上空のはるか高みでできた雪の結晶の集まりです。今回は「雪華(せっか)」や「六つの花(むつのはな)」と呼ばれる雪の結晶についての話です。
六角形の華
雪の結晶のことを「雪華」と命名したのは、下総古河藩の藩主である土井利位(どいとしつら)という人物です。日本で初めて顕微鏡で雪をのぞき、結晶の形を写生して「雪華図説」という書物にまとめました。その絵がたいへんに美しかったので、「雪華模様」は着物や茶碗にあしらわれ、江戸の庶民の間に流行したそうです。「雪華図説」に描かれた雪の結晶は、その多くが美しい六角形をしています。それで雪の結晶は「六つの花」とも呼ばれます。
アメリカでも20世紀初頭に、ウィルソン・ベントレーという農夫が顕微鏡でのぞいた雪の結晶の写真を撮り続けます。生涯に撮った写真の数はおよそ5000枚。この写真はベントレーが亡くなる前に、アメリカ気象学会会長の目にとまり、写真集「雪の結晶(Snow Crystal)」として出版されました。この写真集に収められた雪の結晶も、ほとんどが美しい六角形をしています。
雪を科学する
日本で初めて本格的な雪の研究に着手したのは、物理学者の中谷宇吉郎です。西暦1900年、雪国の石川県に生まれた彼は、東京帝国大学で物理学を修めます。そうしてイギリスに留学後、1930年に北海道大学理学部の助教授として札幌に赴任し、雪の結晶の研究を始めます。
中谷博士を魅了したのは、上述したベントレーの写真集でした。雪の結晶に心をひかれ、研究に着手した博士ですが、自らの目で空から降る雪を観察すると、その多くが写真集にあるような六角形ではないことに気づきます。結晶の造形にしか興味がなかったベントレーは、形の崩れた結晶の写真をあえて除外していたのです。
中谷宇吉郎は物理学者です。彼の取った研究手法は徹底した自然観察でした。札幌から十勝岳の中腹にある山荘に研究の場を移した博士は、身も凍る極寒の中で来る日も来る日も雪の結晶の観察を続けます。そうして世界で初めて、体系的に雪の結晶を7種類に大別した「雪の結晶の分類表」を完成させたのです。
雪を作る
中谷博士は観察するだけでなく、実験装置の中で雪を作ることにも挑戦します。人工雪の作成は難しく、困難を極めますが、それでも試行錯誤を重ねた末に、これもまた世界で初めて人工雪を作ることに成功しました。
人工雪の装置は、ビーカーの水をヒーターで温め、上昇してきた水蒸気を超低温で冷やすという仕組み。装置の上部に吊したうさぎの毛の先端に小さな雪の結晶が結ばれるのです。博士はこの装置を使って、さまざまな条件下で雪の結晶の作成を試みました。そうして分かったことは、雪の結晶の形がそのときどきの空気の「温度」と「水蒸気量」によって決まるということ。そして博士は、「雪の結晶の形」と「温度」「水蒸気量」の関係を「中谷ダイヤグラム」という図にまとめたのです。
このダイヤグラムのすごいところは、雪の結晶の形を観るだけで、上空の「温度」と「湿度」が分かること。それまで降雪中の上空の気象状態は観測することが難しく、よく分かっていませんでした。それが「中谷ダイヤグラム」を使うことで、地上の雪を観察するだけで、上層の大気の様子が分かるようになったのです。
雪は天からの手紙
中谷博士は1938年に著した「雪」の中でこう書いています。「このように見れば雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。そしてその中の文句は結晶の形及び模様という暗号で書かれている。その暗号を読みとく仕事が即ち人工雪の研究である」と。この中にある「雪は天からの手紙」という言葉はのちにたいへん有名になりますが、その真意は決して情緒的なものではなく、徹底した自然観察に基づく科学的な思考から生まれたものでした。
雪の研究と一口に言っても並大抵のことではありません。氷点下をはるかに下回る極寒の戸外に身をさらし、何時間も顕微鏡を覗く苦労は筆舌に尽くしがたいものがあります。それでも全身全霊を傾けて生涯を雪の研究に捧げたのは、雪国生まれの博士が、本当の雪の美しさと恐ろしさを知っていたからでしょう。自らの研究が雪害に苦しむ人々の役に立てばと願った中谷宇吉郎は、1961年、61歳で亡くなります。しかし、彼の打ち立てた功績は、世界中の雪の研究の基礎となり、今もって輝きを放ち続けています。
ご存じのように日本は南北に長い国です。すでに積雪している地方もあれば、初雪がまだのところもあるでしょう。雪の語源は、神聖であることを意味する「斎(ゆ)」に「潔(きよき)」の「き」が付いたとする説があります。大雪は豊作の印といって神聖視する地方もあるとか。音もなく大地に降り、一面をまっ白に染める「雪」には、人の心を洗い清め、改まった気持ちにさせてくれる力があるようです。
この正月、あなたの街に雪は降りましたか?
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参考資料:中谷宇吉郎 雪の科学館
参考図書:「雪/中谷宇吉郎」(岩波新書)
[関連サイト]
古河歴史博物館の公式ホームページ