昔あそび
けん玉、お手玉、折り紙 だれもが一度は遊んだことのあるものですが、今の子どもたちが日常的に遊んでいる姿はあまり見かけなくなりました。ところが、半分忘れられかけているこうした遊びが、集中力をアップさせ、脳を活性化するという説も。今回は、脳を鍛える新しいトレーニング法として注目されている、昔なつかしい遊びについてご紹介しましょう。
けん玉で集中力アップ
バルセロナオリンピックの金メダリスト、古賀稔彦さんが指導する柔道教室では、稽古の前に必ず「けん玉」の練習をするそうです。玉を皿に乗せようとする練習が、柔道の技を成功させるための集中力を生み出すのだとか。全国少年柔道錬成大会3連覇という成績は、その賜物かもしれません。こうした「けん玉効果」に気づいているアスリートは多く、レスリングの吉田沙保里選手やプロビーチバレーの西堀健実選手、溝江明香選手なども練習や本番前の集中力アップのために、けん玉を取り入れているとか。
また、ある学習塾で勉強の合間に子どもたちにけん玉をさせたところ、塾ではもちろん、家でも勉強中の集中力がアップしたという報告もあります。
ワザとモード
NHKテレビで20年以上続く長寿番組『ためしてガッテン』(2016年4月からは『ガッテン!』)は、最先端の科学とユニークな実験を通して日常生活の「?」を解き明かしてくれることで知られます。その番組で、けん玉名人がけん玉をしているときの脳の活動を調べてみたところ、究極の集中状態にあることがわかりました。脳が集中しているときは「脳の司令塔」とも言われる前頭前野の活動が抑えられていて、必要な部分だけが働き、不要な部分(つまり集中を邪魔する部分)は働かないように抑えられていたのです。この集中モードを脳に覚えさせることで、けん玉以外のことをしている時でも集中モードに切り替えやすくなるのだといいます。
ただし、集中モードになるのは慣れたワザをしている時だけ。難しいワザにチャレンジする時は、逆に前頭前野が活発に働く「脳活性化モード」になり、記憶力アップや認知症の予防が期待できることがわかりました。つまり、けん玉で遊ぶことで「集中」と「脳活性」の二つの効果を自在に得られるというわけです。
お手玉の逆回し
昔あそびの一つ「お手玉」にも、ちょっとした工夫で脳を活性化させる効用があるといいます。その工夫とは、あえて難しいワザに挑戦すること。お手玉をする時、普通、右利きの人は右手で玉を投げて左手で受けますが、それを逆に、左手から投げて右手で受ける「逆回し」にする。それだけで、脳の司令塔・前頭前野が大きく活性化されるというのです。
この効果は医療現場でも注目されていて、あるクリニックでは、お手玉をうつや不安障害などの治療に活用。これまで数百人のうつ病患者をお手玉療法で治療し、ほとんどの人が2~6ヵ月で薬をやめられたり、使用量を減らせたといいます。「お手玉療法は自分の努力が効果に現れるので生きる自信にもつながる」と、クリニックの院長(『熊本日日新聞』)。脳の活性化には、遊びのなかで得られる達成感も大切な要素のようです。
折り紙のパワー
けん玉以上に脳の活性化パワーが強いとされるのは、昔あそびの代表ともいえる「折り紙」です。一枚の紙からさまざまな形が出来ていく折り紙は、初めて見る人には魔法のような驚きですが、作り手には最初から完成形のイメージがあるもの。それを頭の中で描きながら手先を使って折っていくため、脳のさまざまな部位を使うことになり、脳の活性効果が高まると考えられています。
さらに脳の活性化パワーを強めるといわれるのは、紙飛行機。上手に折るだけでなく、「いかに長く飛ばすか」という楽しい目的がプラスされることで、脳がより活性化されるのだそうです。
遊びと脳
とはいえ、遊びなら何でもいいというわけではありません。現代の子どもたちが最も夢中になる遊びといえばゲームですが、その手のものと、けん玉やお手玉などの昔あそびとは、どうやら使う脳が異なるらしいのです。
ゲームなどバーチャルな遊びは、決められたルールに従って処理をするための脳を多く使うものですが、一方、昔あそびは、失敗を繰り返す中で多くの脳が働き、成功できる状態を見つけるために脳の力を総動員しているのだとか。未知の領域にチャレンジすることにより、脳が成長していき、脳の能力をさらに高めることができると説明する人もあります。
夕日が沈むまで、子どもたちが屋外で夢中になって遊んでいた時代。「脳の活性化」などということを考える必要もなく、子どもたちは遊びを通して自然にさまざまな能力を身につけていきました。その頃と比べて、遊びの質がまったく変わってきている現代。人間らしい体感を取り戻すには、かなり意識的にリアルな体験を取り入れる必要があるのかもしれません。そしてそれは、ゆとりのない日常をおくっている大人にも、きっと必要なこと。子どもだった頃の自由な自分を取り戻すために、また、子どもたちに未知の遊びの水先案内をするためにも、昔あそびを見直してみませんか。