研究テーマ

フリーハグ ─国境を超えて─

欧米の習慣にハグ(HUG)というものがあります。出会ったふたりが両手を広げ、互いに抱き合って親密さを示すあいさつです。日本をはじめ、東アジアではあまりなじみのないハグですが、いま世界の国々で、街頭に立って見知らぬ人にハグを求める「フリーハグ」の活動をする人が増えてきました。今回はそんな中から、ひとりの日本人青年が始めた活動にフォーカスします。

フリーハグとは

「フリーハグ」は2001年頃、アメリカのジェイソン・ハンターという人物が始めた活動だといわれています。街角に立ち、「FREE HUGS」と書かれたボードを掲げて、通りかかった人とハグをするのです。人と人が抱き合う、ただそれだけなのに、この活動にはなぜか人の心を動かすものがあります。
アメリカで有名になった「フリーハグ」は、海を越えてオーストラリアに渡り、「フリーハグズ・キャンペーン」がスタートします。そして2006年、ホアン・マンさんという青年がシドニーの街中で撮った「フリーハグ」の動画をYouTubeに投稿したところ、大反響がありました。以後、インターネットを介してフリーハグの活動は爆発的に世界へと広がっていきます。
この流れを受けて日本でもフリーハグが知られるようになりました。ネット上にコミュニティが生まれ、互いに呼びかけ合って、さまざまな街でフリーハグをする人が出てきたのです。そんな中、ひとりの日本人青年が海を渡り、アジアの地でフリーハグを行います。彼の名前は桑原功一。初めて立った街角は韓国の首都ソウルでした。

素敵な仲間たち

桑原さんがフリーハグを始めたきっかけは、フィリピンでの語学留学にあったといいます。語学学校に通う生徒のうち、日本人は2割ほどで、残りのほとんどが韓国人でした。「日本にいたときは韓国の人にいいイメージがなくて」恐れを抱いていた桑原さん。ところが、いざ一緒に学んでみると、みんな優しくて、いい人ばかりで、「彼らのことを悪く思っていた自分を恥じた」そうです。その後、オーストラリアに滞在したときに出会った台湾や香港の仲間たちも、みんな素晴らしく、尊敬できる人たちでした。自分が東アジアの人に抱いていた"ネガティブなイメージ"が音を立てて崩れ去ったのです。
「僕がそう感じていたということは、まわりの日本人も同じように誤解しているかもしれない」と思った桑原さんは、自分の気づきを、なんとか日本にいる他の人にも届けたいと考えるようになりました。そして思いついたのが、「フリーハグ」をすることだったのです。「政治や経済、外交の面などでは確かに難しいところもあるけれど、個人同士が交流する中ではまったく問題ないし、一緒に語り、笑い合える」。この自分が感じた"フィーリング"をフリーハグの動画を通して広く届けようと思ったのです。

国境を超えて

2011年8月、韓国と日本の国旗を描いたボードを手に、桑原さんはソウルの街角に立ちました。正直いって最初はとても恐かったそうです。何を言われるか分からない。手を出されるかもしれない。桑原さんの胸は不安でいっぱいでした。しかし、すべての心配はすぐに吹き飛びます。おずおずと街角にたたずむ彼のもとに、ハグを求める人がやってきたのです。最初にハグをしてくれたのは、小学生ぐらいの子どもでした。たぶん母親に促されて来たのでしょう。その後も次から次へとハグをしに、通りがかりの人がやってきます。若い男女はもちろん、自分の親と同じくらいの年の人も混じっています。抱き合う人はみなこぼれるような笑みを浮かべ、励ますように桑原さんの肩を叩いていきます。動画に声は入っていませんが、日本語で「ガンバッテ」と言ったり、「おまえ、勇気あるな」「いいことするな」と応援してくれる人もいたそうです。結局100人の人とハグをして2011年の活動は終了しました。
桑原さんはこの動画をYouTubeへアップしました。しかし、当初はほとんど反応がありません。再生回数は1年でわずか4000回ほど。本人もすっかり忘れかけ、中国の西安からローマへの自転車旅行に出かけました。ところが旅から戻ってくると、友人が「桑原、すごい騒ぎになってるよ」と言うのです。YouTubeを見ると、動画の再生回数が100万回近くまで増えていました。折しも領土問題で、日韓両国の緊張が高まっていた時期でした。

それ以降、桑原さんは台湾、香港、中国、韓国を回り、各国の街角に立ってフリーハグを行いました。また、東日本大震災のときに寄せられた台湾の人々の厚意に応えるために、自転車で台湾を一周しながら「台湾謝謝!(台湾ありがとう!)」と叫ぶ活動も行いました。動画サイトに投稿された桑原さんの活動に賛同する人が増え、今では韓国の女性が来日し、日本の各地を巡ってフリーハグをするなど、国境を超えた交流が広がっています。
「フリーハグをするときはみんないい顔になるんですよ。同じ人間なんだということがよく分かります」
フリーハグの動画では、テレビなどのメディアが伝えない、輝くような異国の人々の笑顔が見られます。国境を超え、違いを超えて、人と人が抱き合うフリーハグの活動、あなたはどのように思いますか。ご意見、ご感想をお寄せください。

参考資料:Koichi Kuwabara facebook

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