研究テーマ

狼が来たぞー!

イソップ寓話に「嘘をつく子ども」という物語があります。羊飼いの少年が「狼が来たぞー」と嘘をつき、村人を驚かせるうち、ある日、本当に狼がやってきて羊が食べられてしまうというお話です。一般には「嘘をついてはいけない」という訓話ですが、でも、この物語には別の解釈もあるように思います。異常気象が頻発し、大規模な災害が増えてきた今、「嘘をつく子ども」について考えてみました。

「嘘をつく子ども」の教訓

「狼と羊飼い」「オオカミ少年」とも題されるイソップのこの寓話、ご存知とは思いますが、もう一度中身をおさらいしてみましょう。ある村に、羊飼いの少年がいました。毎日羊の番ばかりで退屈していた少年は、ふと、あるいたずらを思いつきます。「狼が来たぞー」といって村人を驚かせるのです。試しにやってみると、村人が次々と家から飛びだしてきて大騒ぎになりました。それを見た少年は腹を抱えて大笑い。これに味をしめた少年は、数日後にまた「狼が来たぞー」と叫びました。その声を聞き、駆けつけてきた村人は、またしても嘘だったことを知るや、かんかんに怒って家に帰ります。そして、ある日のこと、本当に狼が現れて羊の群れを襲います。恐れおののいた少年は「狼が来たぞー」と必死に叫びますが、二度も騙された村人は、「また少年が嘘をついているよ」と思って助けに来ません。そうして少年が番をしていた羊は狼に食い殺されてしまったのです。「嘘つきは本当のことを話しても信じてもらえない」というのが、この話の教訓です。

物語のもうひとつの解釈

しかし、よく考えてみると、この物語の本当の被害者は少年ではありません。少年は単に羊の番をしていただけで、被害をこうむったのは羊の飼い主でした。たしかに、嘘をついた少年の行為は褒められるものではありません。しかし、少年の叫びを初めから嘘と決めつけ、無視してしまった羊の飼い主にも責任の一端はあるように思えます。こう考えると、この物語には別の教訓が隠れているのかもしれません。つまり、「人の警告をハナから嘘と決めつけ、信じないのは危ういことだ」と。地震や津波、洪水や高潮など、大きな被害をもたらす天災には、この教訓があてはまるような気がします。

激しさを増す異常気象

ここ数年、肌でひしひしと感じるのは、雨の降り方の異常さです。かつては滅多になかった1時間あたり100ミリを超える猛烈な雨が各地で降るようになりました。また、上陸する台風にも異変が現れています。この夏は、北海道をなんと3つの台風が直撃しました。特に台風10号は太平洋側から東北地方に上陸するという観測史上初めてのコースをたどり、東北・北海道に甚大な被害をもたらしました。そしてまた、台風の勢力は年々強大化しています。今年の9月5日、米国カリフォルニア大学の研究チームが、「日本・中国などに上陸する台風のピーク時の風速が、過去37年間で15%増している」という研究結果を発表しました。こういった台風の強大化傾向は、今後ますます顕著になるだろうと専門家は予測しています。

難しい警報の出し方

こんな中、難しくなっているのが警報の出し方です。かつてのコラム「台風をこわがる」でも触れましたが、気象庁は2013年8月30日より「特別警報」の運用を始めました。これは、いままでの警報の基準を上まわる甚大な被害が発生する恐れのある場合に出されるもの。「特別警報」が出ると、メディアは「ただちに命を守る行動をとってください」という強いメッセージを発します。それほど深刻な危険が迫っているということです。
でも、ここで問題なのが、警報が空振りした場合です。警報は気象庁の予報を基準にして出されますが、予報はあくまでも予報なので、外れることもあります。警報が空振りに終わると、人々は「なんだ、騒いだわりに大したことないじゃないか」と受け止めがち。つまり、警報そのものが「オオカミ少年」になってしまう可能性があるのです。最も危ういのは、人間のこの心理。地震や津波も同じですが、恐れることに慣れてしまうことほど、恐いものはありません。

異常気象が常態化してきた今日、繰り返し出される警報や注意報に、私たちはどこか慣れっこになっているような気がします。台風が接近し、警報が出ているにもかかわらず、いつも通り出勤や外出をする人は少なくありません。そして、自治体が出す避難勧告に応じない人もいます。2007年の台風9号では、多摩川が増水して世田谷区の740世帯1,490人に避難勧告が出されたにもかかわらず、実際に避難したのはわずか4世帯6名でした。あのとき万一、多摩川が決壊していたら、家屋が濁流に飲まれ、大きな被害が出たことでしょう。

警報や注意報は、最悪のケースを想定して出されるもの。ほとんどの場合、大騒ぎしても狼は現れません。しかし、だからといって甘く見るのは禁物。何十回、何百回に一度は、本物の狼がやってくるからです。そのときに後悔しないためにも、「狼が来たぞー」の叫びには、毎回しっかり耳を傾けたいもの。百年に一度の異常気象が、毎年のように頻発する今日この頃ですから。

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