研究テーマ

時の流れ

時の経つのは早いもので、今年も年末が近づいてきました。毎年この時期になって思うのは、「あぁ、もう1年が過ぎてしまったのか」ということ。そしてまた思うのは、「年々、時の進みが速くなっているのではないか」ということ。まさか? 時間の流れが速まっている? 1年の終わりに際して、"時の流れ"について考えてみました。

ジャネの法則

時間は世界中どこでも一様に流れています。パリの時計もニューヨークの時計も東京の時計も、時差はあるものの、1秒は同じ長さの1秒として時を刻んでいるはず。場所によって、人によって、時の流れが違うなどということは、あってはならないことでしょう※。しかし、それでも感じるのは、時の長さには違いがあるということ。なかなか変わらない信号を待つ数分間はイライラするほど長いのに、遊びに夢中になっている数分間はあっという間に過ぎていきます。実際、子どもの頃を振り返ると、時はもっとゆるやかに流れていたような気もします。とくに小学校の時代、夏休みが終わった後の2学期などは、永遠に終わらないのではないかと思えたほどです。
このようなことを19世紀に考えた人がいました。フランスの哲学者、ポール・ジャネです。彼は同じ1年なのに、子どもには長く感じられ、大人には短く感じられるのはなぜかということを、心理学的に説明しました。たとえば5才の子にとっての1年は、人生の5分の1に相当します。しかし、50才の人にとっての1年は、人生のわずか50分の1にすぎません。その分、5才の子は50才の大人に比べて1年を長く感じているというのです。生きれば生きるほど人生における1年の割合は小さくなり、短く感じられるというこの説は、一般に「ジャネの法則」として知られています。

蝉の一生

日本語に「空蝉(うつせみ)」という表現があります。万葉の時代から使われているもので、「この世」や「この世の人」を表すことば。もとは「現し臣(うつしおみ)」という語で、現世の人間を表していたものが、「うつそみ」から「うつせみ」に転じて「空蝉」という漢字が当てられたとか。この世に身をおく人間は、蝉の抜け殻のように仮のもので、儚いものという意味を持つそうです。
そう、人生の儚さを語るとき、もっとも多く引き合いに出されるのが蝉の一生。数年間地中で暮らした蝉は、成虫となって地上に顔を出し、わずか7日ほどで絶命するといわれています。ただ、この「7日」という数字は、蝉の飼育が困難ですぐに死んでしまうことからきた俗説で、自然の中で暮らす蝉はひと月ほど生きるとか。しかし、それにしても短い蝉の一生、彼らは本当に短く感じているのでしょうか。

ゾウの時間 ネズミの時間

ゾウのような大きな動物と、ネズミのような小さな動物は、同じ時間を生きているのだろうか。こんな疑問に答えたのが、生物学者の本川達雄さんが記したロングセラー本「ゾウの時間 ネズミの時間」です。本書によると、古来、いろいろな人が、「体のサイズと時間との間に、なにか関係があるのではないか」と調べてきたそうで、「心臓がドキン、ドキンと打つ時間間隔を、ネズミで測り、ネコで測り、イヌで測り、ウマで測り、ゾウで測り、と計測して、おのおのの動物の体重と時間との関係を求めてみた」結果、動物の時間は体重の1/4乗に比例することが分かったとのこと。ネズミはゾウに比べてちょこまか動き、寿命も短く、早く死にます。でも、その分ネズミの感じる1日は、ゾウの感じる1日よりずっと長く、一生で考えればゾウもネズミも同じ時間を生きているというのです。そういう意味で考えれば、体の小さな子どもは、大きな大人よりも時間を長く感じているのかもしれません。子どもの頃の1年が長く感じられる理由は、こんなところにもあるのでしょうか。

時間を止める

アメリカの作家、レイ・ブラッドベリの小説「たんぽぽのお酒」の中に、次のようなシーンが出てきます。主人公ダグラスの親友ジョンが、父親の転勤で引っ越すことになった日のこと、残されたわずかな時間を惜しむように二人の少年は野外で遊びます。はじめはいつものようにあたりを駆けまわって遊んでいた二人ですが、ふとダグラスが「ジョン!」といって友人を呼びとめます。「駆けたりすれば、時間も駆ける」と思ったからです。そうして二人は干し草にもぐりこみ、動くことも話すこともやめ、静かに坐って時を過ごします。「ものごとをゆっくりさせておくたった一つの方法は、なにごとも眺めていて、なにもしないことなのだ!」。二人は残された最後の1日、時の流れを止めるために、遊ぶことをやめ、坐ったままじっとしていることを選んだのです。
仕事でも、遊びでも、なにかに夢中になっていると、あっという間に時が過ぎます。ふと気がつくと「もう、こんな時間?」と思うこともしばしば。大人になると子どものときより、やるべきことが増えてきます。なにもしないでボーッと過ごす時間が減ってくる分、大人の1年は短く感じられるのかもしれません。

まもなく幕を閉じるこの1年、あなたはどんな時の過ごし方をしてきましたか。短く思える1年でしたか? 長く感じられる1年でしたか?
よろしければご意見、ご感想をお聞かせください。

※アインシュタインの相対性理論によると、光速に近い速さで移動した場合や重力の大きな場所では、時間の進みは遅れることがあります。
※参考図書:
「ゾウの時間 ネズミの時間/本川達雄著」(中公新書)
「たんぽぽのお酒/レイ・ブラッドベリ著 北山克彦訳」(晶文社)

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