暗黒物質と暗黒エネルギー
私たちが住んでいる宇宙は、謎に満ちています。その謎を理性の力で解き明かし、科学は一歩ずつ前に進んできました。ところが21世紀に入ってまもなく、これまで積み上げてきた科学の成果を一気に突き崩し、振り出しに戻してしまうような大発見がありました。それが「暗黒物質」と「暗黒エネルギー」の発見です。今回は最先端をゆく科学者たちが首をかしげてしまった宇宙の謎についての話です。
科学者もびっくりの大発見
暗黒物質や暗黒エネルギーの話をする前に、まず簡単に物質とは何かという話をしましょう。物質とは「モノ」のこと、私たちの身のまわりに存在する普通の物たちです。空気も目にこそ見えませんが、気体というモノです。そのモノが何でできているかというと、細かい原子という粒です。誤解を恐れずにいえば、物質とは"レゴブロック"のようなもの。人の体や樹木も、リンゴやバナナも、水も岩も土も、月も太陽も、すべて目に見えない小さな原子が結びつき、組み合わさって、大きな目に見える形を作りあげているのです 。と、学校の教科書には書いてありました。そして実際に20世紀の終わりまでは、確かにこのような考えを学者も信じていました。ところが、21世紀に入ってすぐに、物理学者を愕然とさせる出来事が起きたのです。それが「暗黒物質(ダークマター)」と「暗黒エネルギー(ダークエネルギー)」の発見でした。
覆された物質の常識
この宇宙には無数の星々があります。私たちが住んでいる地球は銀河系(天の川銀河)の中にありますが、銀河系には太陽と同じような恒星が2000億個ほどあるといわれています。さらに、宇宙全体でいえば、天の川銀河と同じような銀河系がなんと1000億個以上もあるのだとか。宇宙はとてつもない広がりを持っているのです。
ところで、これまで宇宙にある物質といえば、ほとんどが地球にある物質と同じようなものだと考えられていました。この大前提が、NASAが打ち上げた宇宙探査機の観測によってくつがえされたのです。宇宙にある物質のうち、私たちが知っているおなじみの物質はたったの4%だけ。その他の96%はまだ見たこともない謎のモノによって占められているというのです。あまりにもわけがわからないものなので、科学者たちはこれを「暗黒物質」「暗黒エネルギー」と名づけました。この発見の衝撃を、東京大学数物連携宇宙機構(IPMU)の初代機構長である村山斉博士は自著の中でこのように表現しています。「学校では『万物は原子からできている』と習います。たしかに地球以外の星も原子でできてはいます。しかし実は『原子以外のもの』が、宇宙の約96%を占めている―それがわかったのは、2003年のことでした。20世紀の『常識』が、21世紀に入って間もなく、思い切り覆されてしまったのです。」
重力で見える暗黒物質
暗黒物質は皆目見当のつかない物質です。いまだにその正体は不明で、研究している科学者たちも首を傾げています。「こんなに謎めいているのに、なぜその存在がわかるのか」と疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。それは重力を考えることでわかるのです。
私たちが住んでいる天の川銀河は渦を巻き、ものすごいスピードで回転しています。地球にいると感じませんが、太陽も銀河の星のひとつであり、秒速220km、時速8万kmというとてつもない速さで宇宙空間を移動しています。これだけ速く回転していると、銀河にある星々は外側に向かう遠心力でバラバラに飛び散ってしまうはずです。でも、そうならないのは、遠心力に見合う重力が内側から引っぱり、星々を銀河の渦の中に引き留めているからです。ところが、村山博士の本によると、「天の川銀河全体の星やブラックホールなどをすべて集めても、太陽系を引き留めておけるほどの重力にはならない」とのこと。これが何を意味するかというと、正体不明の何者かが銀河の中にあり、巨大な重力を働かせて星々を引き留めているということです。その何者かの正体が「暗黒物質」だというのです。
わからないことがあるとわかった21世紀
しかし、「暗黒物質」を足し合わせても、まだ宇宙全体の27%にしかならないとのこと。残りの73%を占めるのは「暗黒エネルギー」。これがまた輪をかけて"わけのわからない"しろものなのです。なぜなら、暗黒エネルギーが宇宙の膨張を加速させているというからです。いまから130億年前にビッグバンが起こり、宇宙が膨張を続けていることはご存知の方も多いでしょう。これまで、その膨張のスピードは宇宙全体の重力によってブレーキがかかり、遅くなっていくと考えられていました。ところが1998年に、超新星爆発を観測していた研究チームが、「宇宙が加速的に膨張している」証拠を発見したのです。その加速膨張させている力の源が、「暗黒エネルギー」だというのです。ここまでくると、専門家ではない私たちは、もうすっかりお手あげですね。でも、安心してください。わけがわからないのは私たちだけではなく、最先端をいく科学者たちもこの事実には困惑しているのです。
20世紀は科学万能の時代でした。科学が自然を征服し、何事も人類の意のままになると思われていました。ところが21世紀に入り、その常識は完全に覆りました。村山博士も著書の中でこう述べています。「20世紀の終わりから21世紀の初めにかけて、これだけ『わからないことがある』とわかったこと自体が、現代物理学の成果であり、大きな前進なのです」と。
「暗黒物質」と「暗黒エネルギー」の発見、ことによるとそれは奢り高ぶる人類に対しての「もっと謙虚であれ」という自然界からのメッセージなのかもしれません。
※参考図書:「宇宙は何でできているのか/村山斉著」(幻冬舎新書)