人のしあわせ
「しあわせ~って、なんだっけ、なんだっけ」と、タレントの明石家さんまさんが歌うCMがヒットしたのは1986年のこと。あれから30年以上が経ち、世の中の「しあわせ観」もずいぶん変わってきたようです。今回は、この春に発表された「国連世界幸福度ランキング2017」をもとに、「しあわせって何?」ということについて考えてみました。
日本の幸福度は51位
毎年3月20日は国連の「世界幸福デー」。今年もこの日に「世界幸福度ランキング」が発表されました。この調査は2012年から実施されているもので、今年で6回目を迎えます。調査対象となったのは国連加盟国のうちの155カ国。質問はいたってシンプルで、「最高にしあわせな状態を10とし、最低を0とすると、あなたどのあたりですか」というもの。各国で調査を行い、スコアの平均値を出して順位づけを行いました。その結果、2017年のトップは「ノルウェイ」、2位は「デンマーク」、3位は「アイスランド」、最下位は「中央アフリカ共和国」でした。気になる日本の順位は51位で、昨年の53位から2つ上昇したとのこと。ちなみに上位5カ国のうち4カ国は北欧勢で占められたそうです。もっとも、この調査は「自分の主観」によって幸福度を測るものなので、国民性の違いが現れやすいという指摘も。日本人のような控えめな民族はスコアが低めに出る傾向にあるそうです。
高度経済成長期のしあわせ
冒頭で紹介したCMがヒットした1986年は、ちょうど日本がバブル景気に突入したころ。「しあわせ~って、なんだっけ」というメッセージは、当時の空気をぴたりと言い表していたのではないでしょうか。戦後の日本は何もない焼け野原からスタートしました。裸一貫で立ち上がったこの国は、池田勇人内閣が発表した「所得倍増計画(1960年)」をきっかけに、奇跡的な立ち直りを見せます。人々は前を向き、猛烈に働いて、10年間でGNP(国民総生産)2倍という途方もない目標をいとも簡単に達成してしまいます。この間に日本では新幹線が開通し、高速道路網が整備され、家庭には三種の神器(テレビ、冷蔵庫、洗濯機)と呼ばれる家電製品が入ってきました。オイルショック(1973年)の一時期をのぞき、日本はずっと右肩上がりの経済成長を達成しつづけてきたのです。そんな中、「ここまでがむしゃらに働いてきたけど」「暮らしも豊かになったけど」「そもそもしあわせって何だっけ?」という気分が、このCMのヒットにつながったのでしょう。
失われた20年
高度経済成長の時代は右肩上がりの時代です。棒グラフでいえば、右の棒が左の棒よりも必ず高くなっています。「現在」は「未来」に比べて不足している部分があり、その「不足」を補うことで「満足」を達成してきたのです。それが「人のしあわせ」につながっていた時代なのです。
ところが、1990年にバブル景気が崩壊します。一般に「失われた20年」といわれる時代に突入し、右肩上がりの経済は終わりました。右の棒は左の棒より必ずしも高くならず、ときにはマイナスになることも。働けど働けど「不足」は補われず、現状を維持できれば御の字の世の中になったのです。もはや「頑張っていれば暮らしはよくなる」という「しあわせの方程式」は通用しなくなりました。
世界一貧しい大統領の言葉
2012年6月20日、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた国連の会議で、当時のウルグアイ大統領ホセ・ムヒカが歴史に残るスピーチを行いました。ムヒカは質素な暮らしぶりで知られた大統領で、「世界一貧しい大統領」とも呼ばれた人物です。
演説の冒頭で彼は、「ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てば、この惑星はどうなるのでしょうか」と語りました。会議のテーマは「持続可能な発展と世界の貧困をなくすこと」。それに対して「西洋の富裕社会が持つ傲慢な消費を、世界の70億~80億の人ができると思いますか」と疑問を投げかけたのです。さらに、「消費が社会のモーターになっている世界では、私たちは消費をひたすら早く、多くしなければなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば"不況のお化け"がみんなの前に現れるのです」と、現代の消費社会を痛烈に批判しました。そして、昔の賢人、エピクロスやセネカ、マイアラ民族の言葉を引いて、「貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」と言ったのです。8分間の演説が終わるや、会場は沸き返り、しばらく拍手が鳴り止まなかったそうです。
日本にも「足を知る」という言葉があります。原典は古代中国の思想家、老子の言葉で、「満足することを知っているものは富む者である」という意味であり、まさにホセ・ムヒカの言葉に通じます。
飽くなき欲望の追求を成長の原動力としてきた社会は、すでに終えんを迎えつつあります。海も空も大地も、果てしなく大きいようで、有限のものだからです。私たちはいま、「何が人のしあわせか」を改めて問い直す時代に生きているのではないでしょうか。ちなみにホセ・ムヒカの国、ウルグアイの2017年の「幸福度ランキング」は、日本より上の28位でした。
参考図書:「世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉/佐藤美由紀」(双葉社)