自分のものさし
ものの長さや大きさが分からないとき、役に立つのが「ものさし」です。あいまいな大きさを測って、厳密な数字ではっきり示すことができるからです。一方、おいしさや快適さなど、本来は数値化しにくいものの価値をはかる「ものさし」もあります。「星3つ」などの評価がそれでしょう。今回は物事をはかる基準となる「ものさし」について考えてみました。
おいしさをはかるものさし
今年の2月のことです。ネットを見ていたら、気になる見出しに出会いました。「誤りでミシュランの星獲得、客殺到の仏レストラン」。記事を読んでみると、なんでもフランス中部にある庶民的なレストランが、同名の店と間違えられてミシュランガイドのウェブサイト版に載ってしまい、客が殺到したとのこと。店側はフランスの大衆紙パリジャンの取材に答えて、「うちの店は広くないし、ウエーターも4人しかいない」と困惑ぎみだったそうです。
ミシュランといえば、今から10年前の2007年11月に「東京版」が発売され、日本でも話題になりました。これは欧米以外の国で初めて発売された「ミシュランガイド」で、発売4日間で初版が完売。発売初日に9万部売り上げたのはミシュランガイド史上初めてのことだとか。いかに日本における人気が高いかを表しています。ところで面白いのは、誤って掲載された店でもお客さんが殺到したという事実。食べた人は「さすがミシュランに載っただけある」といって、その店の料理を堪能したのでしょうか。
学力をはかるものさし
入学試験の前に行われる模擬テスト。結果は点数だけでなく「偏差値」と呼ばれる数値によって示されます。偏差値は、テストを受けた集団のなかで自分がどれくらいの水準に位置しているかを知るための指標。いわば学力をはかる「ものさし」です。
学力をはかるのになぜ偏差値が有効かというと、テストの点数はそのときどきの難易度によって変わるから。簡単なテストで取った90点と難しいテストで取った90点ではそもそも重みが違います。テストの難易度にかかわらず、受験者の学力を客観的に評価するために「偏差値」は考案されたのです。
日本で初めて偏差値が教育現場に入ったのは1960年代半ばのこと。桑田昭三さんという中学校の先生によって導入されました。桑田さんは、生徒の進学志望校を教師が「勘」で決めていたことに疑問を抱き、生徒の学力を「客観評価」する手法はないかと模索。統計学を研究し、試行錯誤をくりかえした結果、「偏差値」という概念にたどりついたそうです。いったんは教育現場に取り入れられた「偏差値」ですが、「詰込教育」「拝点主義」を助長したものとして悪者扱いされ、平成3年に文部省(現文部科学省)の方針で公立学校では廃止になりました。しかし、進学の世界ではいまもなお「偏差値」は健在で、入学前の学力をはかる「ものさし」として広く活用されています。
いろいろなものさし
おいしさや学力以外にも、いまではさまざまなものをはかる「ものさし」があります。たとえば「洗濯指数」などもそのひとつ。今日が洗濯に適した日かどうかを表すもので、その日の気温、湿度、風速などから割りだします。この他にも、ビールがうまいかどうかをはかる「ビール指数」や「アイスクリーム指数」、「肌あれ指数」「洗車指数」「星空指数」「除菌指数」など、枚挙にいとまがありません。こういった「指数」や「指標」は、判断に迷うような場面においておおいに役立ちます。何を着ていくか、どこに遊びに行くか、洗濯物を干して大丈夫か、傘は持って行った方がいいかなど、自分の勘に頼らずに、客観的に判断できるようになるからです。
ものさしの落とし穴
レストランを選ぶとき、いまでは多くの人がグルメサイトの星の数を参照します。本をネットで買うときも、星の数やレビューは気になるもの。今日食べに行くレストラン選びから、進学すべき学校まで、判断の基準となる「ものさし」は大活躍です。そして、この傾向は今後ますます強まるように思われます。いまの世の中は、良いものから悪いものまで、さまざまな情報にあふれているからです。情報の量が多すぎると、けっきょく何を信じていいか分からずに、「格付け機関」が出す客観評価に頼らざるをえなくなります。でも、ここには落とし穴も。判断の目安になるはずの「ものさし」に、逆に振り回される可能性があるのです。グルメサイトの評価はあくまでもおいしいレストラン選びに役立てるもの。「評価が高いからおいしい店だ」となってしまっては本末転倒でしょう。
情報化社会では、ときとして「格付け」が「権威」になってしまう危うさも。つい数年前、ある国の国債の「格付け」が下がって、世界中の経済が混乱したということも起きました。「指数」や「指標」はあくまでもものを選ぶときの目安にすぎません。スマホやネットを駆使して、さまざまな情報が簡単に得られる時代だからこそ、周囲の評価に惑わされない「自分のものさし」を持つことが大切なのかもしれません。