研究テーマ

夢の働き

人はなぜ夢を見るのでしょう。夢にはどんな意味があるのでしょう。太古の昔から考えられてきたこの謎に、ようやく科学の光が届いてきました。夢は動物が生存するために必要なものであり、また、人の心の傷をいやす役割も果たしているらしいのです。目覚めたとたん、朝露のように消えていく夢ですが、実は私たちの毎日に深い関わりを持っているのです。

夢を見る人、見ない人

「あなたは夢を見ますか?」という問いに、「最近見なくなった」と答える人がいます。でも、そんな人でも覚えていないだけで、どうやら夢は見ているようです。人の眠りは一晩中平坦ではありません。脳波を測ると分かるのですが、ゆったりした波形が、あるとき突然、覚醒時のような山あり谷ありのギザギザを描くようになります。これが「レム睡眠」と呼ばれるもの。そして、人が夢を見るのは主にレム睡眠のときだと言われています。
レム睡眠のときには、眠っている人のまぶたの内側で、眼球がキョロキョロすばやく動きます。このため「Rapid Eye Movement」、略して「REM(レム)睡眠」と呼ぶわけですが、夢を研究する実験では眠りについた人の目を観察し、レム睡眠に移行したことを確認してから被験者を揺り起こします。そうするとかなりの高い確率で、被験者は見ていた夢を語るといいます。「夢を見ない」という人も実は夢を見ていて、ただ記憶に残らずに、忘れてしまっているだけなのですね。

そのとき脳の中で起きていること

レム睡眠中の人の脳ではどんなことが起きているのでしょう。ジャーナリストのアンドレア・ロックさんの「脳は眠らない-夢を生みだす脳のしくみ」という本によると、「私たちが起きているときには、脳内には覚醒した意識に欠かせない二つの重要な神経伝達物質が大量に分泌されている」といいます。それは「ノルエピネフリン」と「セロトニン」という物質で、とくにセロトニンは判断や学習、記憶に重要な役割を果たしています。
脳が眠りにつくと、まず脳全体の働きが低下して、この2つの神経伝達物質の循環が減ります。視覚、聴覚、触覚など、外部からの感覚情報が遮断され、運動神経の信号も遮断され、パソコンでいえば"オフライン"の状態に。代わりに「アセチルコリン」という物質の分泌が増え、脳の視覚、運動、感情中枢を興奮させます。だから、レム睡眠時には夢の中で、まるで現実のように物が見えたり、快感や恐怖を覚えたり、走ったりするのです。でも、運動神経との信号が遮断されているため、いくら走っても体は動きません。また、判断や記憶に必要な神経物質も不足しているので、荒唐無稽な筋書きでも「おかしい」とは感じずに、記憶にも残りません。これが、脳が私たちに見せている夢の正体です。

生き残るために必要なレム睡眠

レム睡眠中の脳が何をやっているかというと、それは「記憶の整理と定着」。夢を見ているときに「日中の体験をふるいにかけ、重要なものを選びだし、長期記憶に蓄えられた膨大な過去の体験の中に組み込む」作業を行っているそうです。そして、これは生物の生存に必要な作業なのだとか。なぜかというと、私たちの祖先である動物は、食べ物のありかや捕食者を避けるルートなど、新しく獲得した情報を記憶に刻むことで生き残ってきました。しかし、こういった「記憶を整理統合し、ニューロンのネットワークを修正する」作業は脳にとっては大仕事。危険がいっぱいの日中は、周囲の状況に対応せねばならず、ゆっくり脳を働かせている暇はありません。そこで進化の過程でほ乳動物は「レム睡眠」を獲得し、脳が"オフライン状態"になっている間に、じっくりと記憶を整理できるようになったらしいのです。もし、人にレム睡眠がなかったら、記憶の整理を昼間のうちにやらねばならず、そのためには「頭蓋の容量をはみだすほど大きな前頭葉皮質が必要」になるそうです。

夢が心をいやしている

もうひとつ、夢が果たしている大きな役割がわかってきました。それは「人の心をいやす」こと。夢研究者ロザリンド・カートライトという人は「レム睡眠中に脳が果たす重要な役割には、昼間抱いた感情、とりわけストレスとなる感情や自信喪失につながる感情を処理することがある」と述べています。日中、トラウマになるようなショックを受けたとき、脳はそれを夢に見ます。同じ夢を2度、3度と繰り返し見るうちに、そこに現実にはなかった要素が付け加えられ、悪夢はしだいに形を変えて、ネガティブな感情が薄れていくといいます。過去に起きた嫌な出来事を振り返り、「いまとなってはいい思い出だ」などと言えるのも、夢のおかげなのかもしれません。

私たちは夜ごと夢を見ています。見ていないと思っている夜ですら、脳は夢を見ています。ひっそりと寝静まった夜、夢たちは頭の小部屋に閉じこもり、散らかった記憶を整理したり、必要な出来事を長期記憶に移したり、トラウマになりそうな記憶を薄めたりしてくれています。一見でたらめそうに思える夢ですが、夢を見るからこそ、私たちは日中の正常な意識を保っていられるのかもしれません。
さぁ、夢の働きを知った夜、あなたはどんな夢を見るのでしょう。

参考図書:「脳は眠らない-夢を生みだす脳のしくみ/アンドレア・ロック著 伊藤和子訳」(ランダムハウス講談社)

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