教育の権利と義務
日本には義務教育の制度があります。小学校1年から中学校3年までの9年間、すべての子どもは原則として学校に通うことになっています。ところで、ここにはひとつ大きな誤解が 。法律で定めている「義務」は保護者に対してのものであって、子どもが学校に通うことを義務づけているわけではないのです。教育は子どもの権利であって、義務ではない。不登校の子どもが12万人を超えるといわれるいま、子どもの学ぶ権利について考えてみました。
そもそも学校とは
ふだん何気なく使っている「学校」という言葉ですが、厳密にいうと「学校教育法」で定められたものだけを「学校」と呼ぶのだそうです。この法律の第一条に「学校とは、幼稚園、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校とする」とあります。また、第二条では、「国、地方公共団体、私立学校法第三条に規定する学校法人のみがこれを設置することができる」と定めてあります。つまり、どんなに立派な教育の場でも、法律に定めた要件を満たしていなければ「学校」とは呼べないのです。
さらに、学校教育法の第二章には「義務教育」についての記述があります。第十六条「保護者は、次条に定めるところにより、子に九年の普通教育を受けさせる義務を負う」。そして、以降の条文には保護者が負うべきさまざまな義務が書かれています。しかし、法律のどこを読んでも、子どもが学校に通わなければならないという記述は出てきません。「義務教育」とは、保護者が子を学校に通わす義務であり、子ども自身が学校に通わねばならないということではないのです。
憲法にもとづく理念
なぜ、保護者には子を就学させる義務があり、子には通学の義務がないのでしょうか。それは学校教育法が日本国憲法の理念にもとづいているからだと思われます。憲法の第二十六条には「全て国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」とあります。そして、条文の第二項に「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う」とあります。これを読み解くと、子どもには教育を受ける権利があり、その権利を保障するために、保護者は子を学校に通わせなければならないということになります。
また、教育基本法の前文にもこんな文章があります。「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」。
学校教育法が施行されたのは昭和22年のこと。戦後の焼け跡から立ち直り、国を再建するためには、何より教育が大切との思いがあったのでしょう。そのために国民皆教育を目指し、それを実現するために「義務教育」の制度が設けられたのではないでしょうか。すべての子が等しく無償で教育が受けられるという、当時の人にとっては夢のような制度だったのかもしれません。
教育機会確保法
保護者には子どもを学校に通わせる義務があります。ですから、子が「学校に行きたくない」と言っても、なんとかして通わせなければなりません。でも、子どもにとっては、通学は権利であって義務ではありません。ここに不登校の問題が生じてきます。
文部科学省の調べによると、1991年には小中学校合わせて約6万7千人の不登校児童生徒がいました。それが2014年には倍増して約12万人を超えています※1。いじめと並び、不登校は見過ごせない大きな社会問題になりました。
そんな中、昨年の12月に「教育機会確保法」という法律が成立しました。これは学校に通えない子どもの教育の機会を確保しようという目的で生まれた法律です。当初の法案の段階では、不登校の子の居場所となる「フリースクール」や「自宅学習」なども「義務教育」として位置づけることが盛り込まれていました。しかし、「学校に行かないことを安易に認めるべきではない」との強い反対意見に押され、最終的には「不登校の子の学習を支援する」という方向になりました。
でも、この法律によって大きく変わったことが2点あります。ひとつは「学校を休む必要性」を認めたことです。文部科学省も教育委員会等に向けて、「不登校というだけで問題行動であると受け取られないよう配慮すること」という通知を出しています※2。もうひとつは、フリースクールや自宅学習など「学校以外の場において行う多様で適切な学習活動の重要性」を認めたこと。義務教育の範囲が広がったわけではありませんが、少なくとも子どもが「学校に行きたくない」と言った場合、その意志が最大限に尊重されるようになったのです。
夏休みが終わり、2学期が始まりました。街のそこここで、学校に通う元気な子どもたちの声が聞こえます。でも、そんな中、何らかの理由で「学校に通えない」子たちがいることも事実です。そんなお子さんに対しては、「保護者の義務」をひとまず忘れて、当人の気持ちに寄り添ってみてはいかがでしょうか。教育は子どもの権利であって、義務ではありせん。「学校に行きたくない」という子どもの思いが尊重される世の中になっているのです。
※1:全国の不登校児童生徒数の推移 | フリースクール全国ネットワーク
※2:義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律の公布について(通知) | 文部科学省