幼と老のふれあい
「幼老統合施設」というものをご存じですか。子どもを預かる保育園などの施設と、老人ホームなどの高齢者のための施設を同じ場所につくったもので、保育所にデイサービスセンターを併設したものや、養護老人ホームに保育園を併設したものなど、さまざまな形があるようです。今回はこのような施設で行われている子どもとお年寄りのふれあいについて考えてみました。
失われた大家族
子どもとお年寄りが一緒にいる風景は、昔の日本では珍しいものではありませんでした。家督相続制度がある日本では、長男は両親と住むのが当たり前とされていたので、親・子・孫の三世代が同居する世帯は比較的多かったのです。統計的に見ても三世代同居の世帯数は、戦後から1975年ぐらいまでほぼ一定の割合で推移しています。昭和の暮らしを描くテレビ番組「ちびまる子ちゃん」や「サザエさん」のお宅も、そういえば三世代同居の設定になっていました。
ところが、1970年代の後半あたりから、親と同居する世帯が右肩下がりに減少しはじめます。内閣府によると、65歳以上の高齢者の子どもとの同居率は、1980年に約70%だったものが、1999年には50%を割り込み、2012年には40%まで下がっています。そして、同居率が減ったぶん、お年寄りの一人暮らしや夫婦のみの世帯が増えました。背景にはいろいろありそうですが、日本の狭い住宅事情に加え、地方から都市部に出てきた長男が地元に帰らずにそのまま世帯を構えることや、嫁姑の問題が取りざたされ、同居を嫌がる人が増えたことなどが要因になっているようです。いずれにせよ、今の日本は昔に比べて家族の単位が小さくなり、世代間が分断され、子どもとお年寄りがいっしょに暮らすケースが少なくなってきているのです。
同じ一つ屋根の下で
東京都江戸川区に養護老人ホーム「江東園」が誕生したのは1962年のこと。その後、女性の社会進出が進み、地域の期待に応える形で「江戸川保育園」が設立されました。そして1987年、江東園の25周年を機に、養護老人ホームと保育所に加えて、特別養護老人ホームと高齢者住宅サービスセンターが設置され、日本での先駆けとなる「幼老統合施設」が誕生しました。設立時に園の事務局長だった杉啓似子さんは、ご自身の著書「よみがえる笑顔」の中で、「『施設を一つの社会と捉え、お年寄りと園児と職員、保護者を含む三世代、四世代が一家団らんの生活を創りだすこと』を運営の目的としました」と書いています。
この施設では、子どもとお年寄りが同じ空間で時を過ごしています。園児は施設のどこで遊んでも大丈夫。お年寄りが保育室に座っていたり、昼寝の時間に園児を寝かしつけるような光景も日常のものです。朝のひととき、ラジオ体操が終わると、「園児たちはいっせいに思い思いのお年寄りめがけて走りだし」「じゃんけんをし、手遊びをし」「なかには体をすり寄せて、腕にすがり、顔を近づけて話をする」園児もいるそうです。この園そのものが、子どもからお年寄りまでが一つ屋根の下で暮らす大家族なのです。
ふれあうメリット
江東園には、お年寄りと園児のふれあいを促進するさまざまなプログラムがあります。園児の着替えのお手伝いや、小さい園児とのお散歩、絵本の読み聞かせなどです。「お年寄り達には他の世代にはないふしぎな力があります」と杉さんはいいます。「無償の愛で、人々を包み込むことができ、何事も性急に結果を出すことをせずに、時の流れのままゆったりとした姿勢で待つことができます」「ほめるのが上手、心から心配をしてくれる、その言葉が温かい」。園児たちは「お年寄りとふれあうことで、人の優しさや人と人の接し方を学んで成長」し、一方「お年寄りは、園児から『生きがい』という、生きていることの証」を受け取るのです。
もっとも、このような両者の密なふれあいは、どこの施設でも行えるものではありません。江東園では1989年に、各課の職員が横断的にかかわることのできる「ふれあい促進委員会」を立ち上げ、お年寄りと園児の双方を熟知している職員の知恵を結集し、交流を促すための方法と、さまざまなプログラムを作っていったそうです。職員の高い志とたゆまぬ努力が、園児とお年寄りたちの輝く笑顔を支えているのです。
老人福祉施設と併設している全国の保育所は、西暦2000年の時点で500カ所ほどありましたが、それ以降はあまり増えていないようです。その背景には、職員の負担の大きさがあるといわれています。両者がいっしょに過ごすとなると、子どもが薬を誤飲する恐れもあるし、またお年寄りの転倒や、インフルエンザの感染などにも気をつけなくてはなりません。幼い子どもと高齢者の双方をケアするには、職員の高度な知識とスキルが求められるのです。
にもかかわらず、昨今「幼老統合施設」が注目を集めるのは、この施設のあり方に「少子高齢化社会」の問題を解決する糸口があるように思えるからではないでしょうか。家族の単位が小さくなり、人と人のつながりが希薄になり、孤立する人が増えるなか、「幼老統合」はこれからの社会を豊かにするキーワードの一つになるのかもしれません。
※参考図書:「よみがえる笑顔 老人と子ども ふれあいの記録/杉啓以子 著 小泉光久 構成」(静山社)
※参考資料「内閣府 平成28年版高齢社会白書(全体版)」