縁起物
今年も早いもので、もう年の瀬。新年に向けて、おせち料理の支度などをされている方もいらっしゃることでしょう。さて、「おせち」といえば、喜ぶの「昆布」やまめに働くの「豆」など、「縁起物」のオンパレードです。ここでふと疑問に感じたのは「縁起」という言葉。そもそもどんな意味があるのでしょう。「ジンクス」とは違うのでしょうか。調べてみました。
仏教用語としての縁起
「縁起」は仏教用語で、「縁」は原因、「起」は生起を意味する言葉だとか。岩波の仏教辞典によると、「縁(よ)って生起すること。ゴータマ-ブッダ(釈迦)の悟りの内容を表明すると伝えられる、仏教の根本教理の一つ」だそうです。厳密にいうと哲学的で難しいのですが、簡単にいえば、たとえば人の老いや死は生まれることに縁(よ)って起こり、苦しみは煩悩に縁(よ)って生まれ、逆に煩悩をなくすことで苦もなくなるといったことのよう。「因果」や「因縁」とも似たような概念だそうです。そして、ここから転じて「幸・不幸の因由・前兆といった意で、『縁起が悪い』とか『縁起をかつぐ』というような言い方が生じた」とのこと。現代ではむしろ後者としての言葉の使い方が一般的になっているようですね。
おめでたい縁起物
良いことが起きるように祈るための「縁起物」ですが、どのようなものがあるのでしょうか。たとえば、正月には「門松」を飾りますが、これは「神を待つ」の意味があるとのこと。地方によっては「橙(だいだい)」や「炭(すみ)」を飾るところもあるようで、これには「代々(だいだい)」子孫の繁栄を願う」とか「住み(すみ)」着くといった意味があるそうです。また、おせちは縁起物の宝庫で、片口鰯の小魚(ごまめ)を使う「田作り」は、かつて田畑に肥料として小魚を撒いたことから「五穀豊穣」を願う意味があり、にしんの子の「数の子」は「二親(にしん)から多くの子が出る」のでめでたい、「えび」は「腰が曲がるまで長生きする」、「ごぼう」は「細く、長く、幸せに」といった意味があるようです。ほとんどが洒落やこじつけの類いですが、縁起のよい食べ物は見た目も鮮やかで、本当に御利益がありそうですね。
このような駄洒落は中国にもあって、中華料理店に行くとよく「福」の字をさかさまにして貼ってあるのを見かけます。これはひっくり返すという意味の「倒(タオ)」と、来るという意味の「到(タオ)」が同じ発音であることから、「福」の字をさかさにして「福が来る」という意味を表しているのだとか。国が違っても、人の考えることは似たりよったりですね。
ジンクス
ところで、縁起と同じようなものに「ジンクス」がありますが、日本人はこの言葉をやや誤解して使っているようです。もともと「ジンクス(jinx)」は英語で、「悪運や不吉をもたらすもの」という意味で、英英辞典にも「a person or thing that brings bad luck」と載っているそうです。「ジンクス」として有名なのは、「黒猫が目の前を通ると災いが起きる」とか、「13日の金曜日に不吉なことが起きる」といったもの。また、日本のホテルや旅館では「4」が「死」を連想させるのでルームナンバーから外すことがありますが、これなどもジンクスの一つでしょう。基本的に悪い予兆に使うものなので、「勝負の前にとんかつを食べる(勝つ)」とか、「赤いパンツを勝負の日にはく」などは厳密にいえばジンクスではありません。こういった「よいことを願ってある行為をする」のは「験をかつぐ」といいます。日本語の「験かつぎ」と英語の「ジンクス」がどこかで混同し、「ジンクスをかつぐ」という日本ならではの用法が広がったのかもしれません。
勘違いされた縁起物
間違った用法といえば、「引っ越しそばの大誤解」という記事がネットの「J-castニュース」に載っていました。本来、引っ越しそばとは「転居した際、その近隣に近づきのしるしに配る蕎麦」(広辞苑第六版)のこと。それを「引っ越し先で食べるそば」と誤解している人が増えているというのです。記事では、リサーチ会社のマクロミルが実施したネット調査の結果を紹介していますが、それによると「10代から50代の男女1696人のうち、引っ越しそばの意味を正しく理解しているのは27.3%。約半数の48.9%が『引っ越し先でそばを食べる』ことだと勘違いしていた」そうです。もっとも「引っ越しそば」の習慣自体が江戸中期以降に始まったものらしく、それ以前は「小豆粥や餅が配られていた」という製粉会社の方のコメントも載っていました。こういった風俗や習慣は、その時代を生きる人びとが作りあげていくものなので、どれが正しくどれが誤りといった性質のものではないのかもしれません。そのときどきの社会の事情や人間の関係性などによって変化するものなのでしょう。
さて、年末の縁起物といえば「年越しそば」が有名です。「細く長くとの縁起から、大晦日の夜または節分の夜に食べる蕎麦」(大辞林)だそうですが、他の麺類より切れやすいことから、「今年一年の災厄を断ち切る」という意味もあるようです。
もうすぐやって来るお正月、よき一年になることを祈って、あなたはどんな縁起をかつぎますか?