研究テーマ

「もの」と「ものづくり」

今回は、世界中で活躍するプロダクトデザイナーで良品計画のアドバイザリーボードメンバーでもある深澤直人さんと一緒に、私たちの暮らしを取り巻く「もの」について考えてみます。

そこに佇んでいるだけで

私たちは、ものに囲まれて生活しています。
なにを着て、なにを食べて、どんなところに住むか。暮らしは日々の積み重ねから生まれます。それは特に意識せずとも、誰もが行っていることです。
ものを見る目は人それぞれで、選ぶ基準も千差万別。
椅子やテーブルといった家具はもちろんのこと、携帯電話、照明器具、食器、家電。
深澤さんはたくさんのプロダクトをデザインしています。では深澤さんは、「もの」をデザインしているのでしょうか。たしかにプロダクトはかたちあるものです。でもものそのものをデザインすると同時に、もののまわりの「空気や雰囲気」も深澤さんはデザインしているのです。

ものは環境に溶けている。
そのものの登場によって周りの空気や雰囲気が変わる。
その空気や雰囲気を作るためにものをデザインしてるんだ。
ものは周りと対なんだ。

これは去年開かれた展覧会「AMBIENT 深澤直人がデザインする生活の周囲」のカタログにある深澤さんの言葉です。
「私たちの生活において、ものはものだけで存在しているわけではなくて、ものも人も空間も、雰囲気に包まれてそこにいるんです」と深澤さんは言います。ものがあることで雰囲気が立ち上がり、その雰囲気をつくるためにものは存在している。自己主張しすぎることなく、さりげなく、でもそのものがあることで雰囲気が変わる―そんな経験がありませんか? それを深澤さんは「AMBIENT(アンビエント)」と呼び、展覧会のタイトルにもしました。
「たとえば家具の機能というと、椅子なら座ることであり、座ったときの心地よさと考える人は多いでしょう。でも実際に座っているのは、一日のうちのごくわずかな時間で、座っていない間も、椅子はそこに佇んでいる。その佇まいもデザインで、空気や雰囲気をつくり出す。ものが佇まいを持っているかどうかは、僕にとってはとても大事なデザインの要素です」
生活に必要なものを、必要なかたちでつくる。それに加えて、「佇まい」や「雰囲気」をものに宿らせる。そのバランスが取れていると、暮らしに寄り添い、飽きることなくそばにあるものになるのでしょう。

その人なりの暮らし方

センスのいい暮らし。よく使われる言葉ですが、実現させるのは実はすごく難しいことなのだと深澤さんは言います。たとえば特定のブランドが好きだとして、そのブランドのものに囲まれていればセンスのいい暮らしなのかというと、そうとは言い切りにくいものがあります。
「アンビエントって、その人なりの暮らし方になればいいということ。そう考えると、ブランドの色が前面に出ることは求められていないはずです。ものという単体を超えて、空気や雰囲気をつくり出せるかどうか。わずかな差違で決まることも多くて、微妙なニュアンスを感じ取り合うコミュニケーションが求められる。それはAIにはできないことで、そこに踏み込んでいくことは、僕が無印良品をはじめとするさまざまな企業のものづくりに関わる理由だと思っています」
このことは、いまものづくりに携わる人や企業にとって共通の課題であり、越えるべき壁となっていると深澤さんは指摘します。
ものを見る目は人それぞれで、選ぶ基準も千差万別ですが、多くの人が無意識のうちに、でも確実に「いい」と直感するものがあるはずで、それを深澤さんは常にさがしています。そうして生まれたものがその人や空間の雰囲気と相まって、その人なりのセンスのいい暮らしをつくっていくのでしょう。

同じ髪型なんだけど

生活に必要なものを、本当に必要なかたちでつくり、シンプルで飽きのこないものであること。それはものづくりに携わる多くの人や企業が目指すテーマとなっていると思います。それがうまくできると、普遍性という強さを持ったものが生まれるはずです。

「でもそこに安住していてはだめで、普遍的な存在でありながらも、時には揺さぶりをかけて変革をすること、また時間のコントロールをしていくことも必要だと思います。アイテムによって、変わらなくていいもの、変えていくべきものを見極めることが大切ですし、変えるならどれくらいのスパンでどう変えるかも重要だから」
その変化の仕方について、深澤さんは面白くたとえてくれました。
「毎回同じ髪型で、いつも同じように切っているんだけど、『今日はうまくいった』みたいな感じかな? いきなりパーマをかけたり金髪にしちゃうわけじゃない。でも変わっていないように見えて、写真を見ると10年前とは確実に変わっているような」
そう、私たちの生活は、同じことを繰り返しながらも、そこには変化が含まれています。時に少しずつ、時に急激に。変化にしなやかに寄り添いながら、その人なりの暮らし方になじむものづくり。深澤さんの話から「センスのいい暮らし」のヒントが見えてきたように感じました。

研究テーマ
生活雑貨

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