第二の人生
2016年、「ライフシフト」という1冊の本がベストセラーになりました。「平均寿命100歳時代」を視野に入れ、これからの人生はどうあるべきかを提唱した本です。一方で、日本の企業のほとんどが、現段階では60歳定年制を採用しています。そうなると問題になるのは、退職後の長い人生をどうやって過ごせばいいかということ。今回は定年後に訪れる「第二の人生」について考えてみました。
延び続ける寿命
戦後すぐの1947年(昭和22年)、厚生省(いまの厚生労働省)は国民の平均寿命の第1回目の発表を行いました。そのときの平均寿命は、男性50.06歳、女性53.96歳という短さ。医療の発達で新生児の死亡率が下がったので単純に比較はできませんが、2017年に発表された男性80.98歳、女性87.14歳と比べると、この70年間で6割も平均寿命が延びたことになります。さらに、「2050年までに日本の100歳以上の人口は100万人を突破する」という国連の推計もあるとか。まさに"人生100年時代"の到来は目前まで来ているといっていいでしょう。もし仮に元気で100歳まで生きたとしたら、退職後の人生は40年間にも及びます。それは"二十歳から還暦まで"の人生をもう一度やり直すほどの長さ。高齢化社会に突入したいま、定年後の人生をどう生きるかに注目が集まっているのです。
第二の人生の心得
このような状況を反映してか、巷には定年後の人生についての"指南書"や"啓発セミナー"があふれています。そして、その多くが「事前に経済的な見通しを立てること」や「家族や地域と良好な関係を築くこと」「趣味や生きがいを見つけること」などの必要性を訴えています。こういった指南書やセミナーがもてはやされる背景には、"このままでは豊かな老後が送れないのではないか"という定年世代の不安や焦りがあります。とくに長年「会社人間」をやってきた男性に、その傾向が強いようです。
「定年後」という本を書いた楠木新さんは、その著書の中で「日本人男性の孤独」に言及し、「日本人男性は、会社を中心とする組織内での上司や同僚、部下との関係を含めて考えればむしろ濃密な関係を築いている」ものの「会社以外の場での人間関係は薄いのである」と指摘しています。
今年60歳になる人たちは、昭和の終わりに30歳を迎えました。世はバブル経済のまっただ中。「24時間働けますか」という栄養ドリンクのCMソングを聴きながら仕事に没頭してきた世代です。家事や育児を妻に任せ、地域との関わりも薄く、人間関係といえば仕事が中心。その入社以来営々と続けてきた「会社人生」が、定年を境にプツリと途絶えてしまうのです。そして、翌日からはスケジュール表に何も書き込むことのない白紙の人生が始まる
。「仕事を除いた自分に何があるのか」「これから始まる長い人生を豊かなものにしなくては」と、焦ってしまうのも無理からぬことです。
余計なお世話
一方、そんな心得や指南は余計なお世話だと、バッサリ切り捨てる人もいます。「定年バカ」という本を書いた勢古浩爾(せこ こうじ)さんです。「資金計画をたてなさい」「現役時代から趣味をもちなさい」「地域社会に溶け込みなさい」「ボランティアをしなさい」「交友を広げなさい」といった世間一般で言われている心得の数々を「一つひとつがすべてごもっともである」とした上で、「しかしほんとうをいえば、定年後どう生きたらいいかについては、一言で足りる」と言い切ります。いわく、「自分の好きにすればよい」と。「本人が好きなら、そして条件が許すなら、なにもしなくてもいい」「ライフシフトなんかどうでもいい」というのです。この著者の歯切れのよい論調は多くの読者の共感を呼び、「他の定年本を思いっきり批判しているのが痛快」「定年した後まで前向きを強いられるのはしんどい」といったレビューが読書サイトに寄せられていました。
もっとも勢古さんは定年後に備えることを全否定しているわけではありません。事前に備えて充実した生活を送ることもまた「好き」にしていることの一部であり、それはそれでよいのだと。ただ、「なにもしていない」人を誹謗したり卑下したりするような風潮は、いたずらに不安を煽るばかりで意味がないというのです。
「備えあれば憂いなし」と考えて、定年前から周到に準備をする人がいます。一方で、「なるようになるさ」とのんきに構え、なりゆきに任せる人がいます。どちらの考えもあろうとは思いますが、事実として言えるのは、人の寿命はこれからも確実に延び続けていくだろうこと。そして、定年後の第二の人生をどう過ごすかは、今後ますます問われる社会の主要テーマになっていくと思います。
定年後の人生、あなたは"備える派"ですか。それとも"なりゆき派"? ご意見、ご感想をお寄せください。
参考図書:
「定年後 50歳からの生き方、終わり方」(楠木新/中公新書)
「定年バカ」(勢古浩爾/SB新書)