路面電車が街を変える
かつて日本の多くの都市で見かけられた路面電車。チンチンと音を立てて走ることから「チンチン電車」などとも呼ばれ、親しまれてきました。自動車やバス、地下鉄の普及によって次々と姿を消していった路面電車ですが、いま、新たなまちづくりの切り札として注目を集めています。今回はLRTと呼ばれる新しい路面電車にスポットを当ててみました。
路面電車の盛衰
その昔、といっても半世紀ちょっと前のことですが、日本の主要都市のほとんどに路面電車が走っていました。東京も例外ではなく、1955年(昭和30年)には40系統の都電が運行し、街を賑やかに行き来していました。日本の路面電車は、最盛期には総路線長が1400㎞に達し、年間2600万人を運ぶ都市交通の主役として活躍していたのです。
ところが、1964年の東京オリンピックあたりから、流れが一気に変わります。自動車が急速に普及しはじめ、道路のまん中を占有する路面電車は、一時代前の遺物、都市交通の邪魔者として扱われるようになったのです。福岡の市電が全廃となった1979年までの20年間に、日本の29の都市で路面電車が姿を消し、およそ1000kmの路線が廃線になりました。輸送手段の主力をバスやマイカー、タクシーに譲り、街をゆく路面電車はいつしか懐かしい乗り物になってしまったのです。
モータリゼーションの弊害
ハンドルを握れば誰でも好きなところに行ける自動車は、たいへん便利な乗り物です。このため1960年代後半には、高度成長を遂げた日本でもマイカーブームが起き、1000CCクラスの大衆車が飛ぶように売れました。誰もが気軽にドライブに行ける時代が訪れたのです。
ところがこの頃、いちはやく自動車が普及したアメリカでは、すでにその弊害が現れていました。都市部の交通渋滞や大気汚染、騒音、交通事故の増加などです。90年代に入ると環境問題も浮上してきます。ガソリンを燃やして走る自動車は大量のCO2を排出するからです。考えてみれば乗用車はかなり効率の悪い乗り物。1トン超の重さの車体を動かして、1人しか運ばないこともあるのです。このような観点から、静かで、クリーンで、一度に大量の人を運べる路面電車の存在が見直されるようになってきたのです。
虫に食われた街
もう一つ、まちづくりの観点からも路面電車は注目されるようになりました。自動車の普及によってどこへでも買い物や遊びに行けるようになり、街の中心にあった繁華街がさびれてしまったからです。それとともに郊外に向かって都市が無秩序に拡大していく「スプロール現象」が進行しました。スプロールとは「虫食い」の意。自動車中心の生活が定着した地方都市で、賑わっていた街のあちこちに虫に食われたような空洞ができ、衰退していったのです。
このような無秩序な状況を脱却し、街を再生させるために考えられたのが「コンパクトシティ」という概念です。コンパクトシティとは、商業や行政の施設など、生活に必要な街の機能を一定の地区に集めた、車に大きく依存しなくても生活できる都市のこと。そのコンパクトな街区の交通手段として期待されているのが、「LRT」と呼ばれる新しいタイプの路面電車なのです。
路面電車で生き返る街
1970年代の始め、モータリゼーションの弊害に苦しむアメリカは、新しい都市交通として欧州で改良された最新の路面電車に着目。そうして生まれたのが「LRT(Light Rail Transit)」、日本語で「軽量軌道交通」と訳される次世代型の路面電車でした。1978年には最初のLRTがカナダのエドモントンで開業し、3年後の81年には同じカナダのカルガリーと、アメリカのサンディエゴで開業しました。
LRTは低騒音や高速走行を実現した快適な乗り物です。街中では道路上の専用線路を走りますが、そのまま郊外の鉄道に乗り入れることも想定されています。また、カルガリーでは自動車の進入を禁止した商店街にLRTを走らせる「トランジットモール」を導入しました。これは歩行者天国に路面電車を通すようなもので、街全体が大きな広場のようになり、中心部に賑わいが戻ってきたのです。
日本でも富山市が2000年代になって「コンパクトシティ構想」を打ち出し、2006年に日本初のLRT「富山ライトレール線」が開業しました。今後は岡山市や宇都宮市でもLRTの計画があり、進行しているそうです。東京豊島区でも池袋駅とサンシャインシティを結ぶLRTを導入し、街の魅力をアップさせようという計画があります。
交通網のことを人体にたとえて「動脈」と呼ぶことがあります。路面電車はまさに街の動脈としての役割を果たしてきました。車社会が拡大し、一旦は便利になったように思えましたが、動脈を失い毛細血管だけになった街は、人々の往来が途絶え、いつしか活気を失っていったのです。
いまや路面電車は"古くて懐かしい"乗り物ではありません。街に活気を取り戻すための最先端の交通システムとして注目されているのです。今後の路面電車の活躍に期待していきたいと思います。
参考図書:「LRT-次世代型路面電車とまちづくり-」(宇都宮 浄人・服部 重敬/成山堂書店)