研究テーマ

ありがとうのリレー

「金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の丘に」──国語の教科書にも出てくる与謝野晶子の短歌です。夕日を背景に舞い散る美しい金色の葉も、地面に落ちると落ち葉。「落ち葉の絨毯」などと言われる間はいいのですが、そのうち邪魔物扱いされてしまいます。でも、春には新緑や花で目を楽しませ、夏には涼しい木陰をつくり、秋には紅葉して景色を彩ってくれる落葉樹。そんな樹木たちに感謝の気持ちを込めて、世田谷区では毎年この時期、ちょっと珍しいリレーが行われます。

バトンをつなぐように

東京23区内にありながら自然に恵まれた世田谷区では、区政100周年を記念して区内の総面積の33%を緑化しようという目標が掲げられました。そして5年前に「世田谷 落ち葉ひろいリレー」がスタート。11月の初めから12月初旬にかけて、街路樹や公園、お寺や神社の一角、市民緑地など、区内のあちこちで区民による落ち葉掃きが行われます。音頭をとるのは、「世田谷区みどり政策課」と、区の政策目標に共鳴して共に考え行動する団体や個人の集まり「世田谷みどり33協働会議」。その呼びかけに応じて、町会や自治会、NPO法人、みどりを愛するグループなど、さまざまな団体が個別に「落ち葉ひろい」を開催。桜並木の翌日は団地の広場、その翌日は区庁舎の広場や寺社の境内といった具合いに、リレーのバトンをつないでいくのです。

小学生からお年寄りまで

延べ50ヵ所近くで行われるリレーのうち、11月18日の「瀬田四丁目旧小坂緑地」の落ち葉ひろいに参加してみました。そこは、かつて衆議院議員などを歴任した小坂順造氏の別邸跡地で、今は区民の憩いの場となっている2800坪の緑地です。
当日の参加者は、老若男女合わせて24人。現地から徒歩1分のマンションに住むご夫婦、区内の小中学校に通う子どもを連れたお母さん、ご町内のお年寄り、区内の少し離れたところから来た人と、さまざま。近くの静嘉堂文庫美術館に行く途中で通りがかったというカップルは、品川区の人ですが、見ているうちにやりたくなって加わったといいます。落ち葉掃きには、人を引き付ける不思議な魅力があるのかもしれません。

みどりに、ありがとう

「すべての樹木は二酸化炭素を吸収し酸素を生みだしてくれる、命のみなもとです。それを黙ってやってくれるみどりに感謝して、落ち葉を掃きましょう」─作業前、当日の主催団体「世田谷トラストまちづくり大学同窓会」の高品斉さんが参加者に向けて語りかけます。「きれいに掃除しようと躍起になるより、落ち葉を掃く感触を楽しんでください」「きれいに色づいた落ち葉もあります。気に入ったものは手に取って、眺めて、楽しんで」とも。掃除をすることより、この作業を通して、みどりの大切さを知ってもらうことが主目的のようです。イベントの名称が「落ち葉掃きリレー」ではなく「落ち葉ひろいリレー」となっているのも、そんな思いが込められているのでしょう。

楽しみながら伝える

用意された竹箒を手に手に持って、さあ作業開始です。落ち葉を掃き集めるのは、ロープで仕切られた遊歩道だけ。掃き集めた落ち葉は袋詰めして、腐葉土をつくるために活用されるといいます。
「遊歩道以外のところに落ちた葉っぱは、そのままにしてね。また新しいみどりを育む腐葉土になるから」─作業しながら、主催団体のメンバーが生命の循環を説明します。そんな話に耳を傾けながら作業しているのは、中学1年生の男の子。「お母さんがこのイベントのポスターを見つけた。面白そうなので来てみたが、実際、面白い」「学校の校庭はアスファルトで落ち葉を掃く場所もないので、なんだか楽しい」と言います。一緒に来たという小学生の弟たちも楽しんでいる様子。「地元の小中学生にも参加してもらって、みどりを大切にする心のバトンをつなぎたい」という主催者の想いは、少しずつ実現しつつあるようです。

自然に近づく

広い庭園の中で身体を動かすだけでも楽しいのに、その上、結果が一目でわかるという達成感もあってか、作業中は大人も子どもも清々しい顔つきをしています。そして、作業が終わった後は、中庭の芝生の上で主催者手づくりの「お汁粉」タイム。初対面の人が多いのですが、一緒に作業して仲間意識が芽生えているせいか、和気あいあいの雰囲気です。敷地内には樹齢百年以上の樹々もあり、それをめざして飛来する野鳥たちの声に耳を傾けたり、上空に大きな弧を描いて飛ぶオオタカの姿を見つけてみんなで眺めたり。人と人、人と自然との距離がグンと縮まっていくのがわかります。

単に落ち葉を掃いてきれいにするだけなら、見慣れた冬の風景のように思えますが、このリレーの目的は「みどりの恵みに感謝する」こと。世田谷には、地域のシンボルとなって風景をつくっている景観木も多いのですが、個人住宅の敷地にあるそれは、近隣への落ち葉の遠慮から伐採されてしまうこともあるとか。その意味でも、この活動は環境保全の後押しになっているのかもしれません。落ち葉を、単なるゴミとして扱うのか、それとも自然の恵みに気づくきっかけにするのか。「世田谷 落ち葉ひろいリレー」は、私たちにそんなことを問いかけているようです。

[関連サイト]
世田谷 落ち葉ひろいリレー2018

研究テーマ
生活雑貨

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