クルマが空を飛ぶ日
未来の世界を描いた小説や映画には、よく「エアカー」というものが登場します。空気を地上に吹き付け、その浮力でふわりと浮き上がり、空を飛んでいくクルマです。原理的には可能のように思えても、なかなか実現できなかったエアカーですが、いよいよ夢の世界から飛び出して、私たちの頭上を飛ぶ日が近づいてきたようです。はたして本当に"クルマが空を飛ぶ日"は来るのでしょうか。
みんなの夢の実現
映画「フィフス・エレメント」をご覧になった方はいらっしゃるでしょうか。まるで空中に見えないハイウェイがあるかのように、林立する高層ビル群の間をクルマが自在に走り回る世界が描かれていました。日本でもアニメの世界では、テレビが白黒だった時代からエアカーは画面に登場し、街の上空を飛んでいました。"空飛ぶクルマ"は、みんなの思い描く未来の夢だったのです。その夢が、まもなく実現するかもしれません。
そんな予感を抱かせてくれたのが、経済産業省と国土交通省による「空の移動革命に向けた官民協議会」の設立です。2018年8月に第1回が開催され、同年12月には具体的なロードマップが発表されました。それによると、なんと今から3年後の2023年には実用化を目指すとのこと。実際、2019年8月には、福島県、三重県、東京都、愛知県、大阪府の5つの地方公共団体が「空飛ぶクルマ」に関する構想を発表し、産官学による取り組みが始まっているのです。
本当に飛べるの?
でも、ここでひとつ疑問が生じます。本当にクルマは空を飛べるのでしょうか。結論からいうと大丈夫、どうやら十分に実現可能なようです。なぜなら、すでに「ドローン」が開発されているからです。ちょっと乱暴ないい方かもしれませんが、大きなドローンを作ってそれに人を乗せれば「空飛ぶクルマ」になるわけです。
これまで空を飛ぶといえば飛行機かヘリコプターでしたが、どちらも人が操縦しなければなりませんでした。しかし、ドローンは違います。「GPS」「電子コンパス」「加速度センサー」という3つの技術によって自律的に飛行できるのです。つまり、人が難しい操縦をしなくても、ドローンは自動的に安定して空を飛ぶことができるのです。これにより、空飛ぶクルマの夢がグッと身近なものになりました。日本でも国内のさまざまな企業の支援を受けて、ベンチャー企業「SkyDrive」が2023年の販売開始を目指して開発を続けています。
プロジェクトの目的
ところで、「国はなんでこんなプロジェクトに急に取り組むの?」と疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。クルマの自動運転すらままならないのに、「空飛ぶクルマ」は早すぎるんじゃないのかと。それで経産省のサイトをのぞいてみると、いろいろ理由が分かってきました。導入の表向きの目的は、「都市の渋滞を避けた通勤、通学や通園、離島や山間部での新しい移動手段、災害時の救急搬送や迅速な物資輸送」などですが、もうひとつ、「日本が世界の空のイノベーションを牽引していく」という思惑があるようです。というのも、この分野ではすでに世界の方が先行していて、アウディやエアバス、ロールスロイスといった企業が開発に着手しており、中国、ドイツ、オランダなどでもベンチャー企業が立ち上がり、空飛ぶクルマの開発が進んでいます。また、アメリカのUberは2023年にテキサス州のダラスで実験開業を目指しており、そのために「Uber Elevate Summit」というイベントをワシントンDCで開き、行政や政治関係者を招いて規制緩和や環境整備を訴える活動を行っています。先行する世界に対して「日本も負けてはいられない」というのが正直なところかもしれません。
解決すべき課題もいっぱい
とはいっても、いきなりビュンビュンと私たちの上空をクルマが飛び交うわけではありません。そうなるまでには解決すべき課題が山積みだからです。ひとつは、やはり安全面の問題でしょう。いくらドローンが安定しているとはいえ、人を乗せるとなると話は別で、万に一つも墜落してはなりません。電線や鳥などの障害物も避けなければならないし、急な横風や突風にも耐える必要があります。また、飛行時間を延ばすためには高性能のバッテリーや軽量素材の開発も不可欠です。そして何よりも大切なのは、法制面の整備です。道路交通法の中に位置づけるのか、空中交通法のような新法を作るのか、いずれにせよ安心してクルマが空を飛べるようになるまでには、超えなければならないハードルはいくつもあります。
このプロジェクトを推進してきた元経済産業省副大臣の関芳弘さんは「空飛ぶクルマは、都市部の活用だけでなく、離島や山間地域での活用、物流や災害地での活用も想定されている」といっています。なるほど、人家のまばらな山間部や海上であれば危険も少なく、実現の可能性は高そうです。僻地への物資の輸送や災害救助などから始まって、徐々に空飛ぶクルマは私たちの日常に入って来るのでしょう。そうして気がついたら、手を上げてタクシーを止めるような感覚で、気軽にエアカーに乗れる日が来ているのかもしれません。