疲れたら、瞑想。
「歩きながらのスマホは危険ですから、おやめください」──駅の構内や電車の中でこんなアナウンスを頻繁に聞くようになりました。電車に乗っていてもほとんどの人がスマホをいじり、「ただ座っている」という人は滅多に見かけません。ひとつのことをしながら、常に別のことも気にかけ、頭の中にはさまざまなことが渦巻いている。現代人にありがちなこうした行動パターンが、脳を疲れさせ、心身の不調まで引き起こしていると指摘する専門家もいます。今回は、そんな疲れた脳を休息させ、心を鎮める瞑想をご紹介しましょう。
脳のアイドリングをストップする
現代人は、起きている時間の50%近くを「マインドワンダリング」の状態で過ごしていることが、脳科学の研究によりわかっているそうです。マインドワンダリングとは、何かをしながら別のことを考えている、いわゆる「心ここにあらず」の状態。歩きスマホはもちろん、テレビを観ながらの食事、音楽を聴きながらの読書など、みんなこの状態に入るといいます。そして、このとき脳内では、解決方法が定まっていないときに活性化する神経回路、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)が活性化していて、脳全体の消費エネルギーの6~8割を消費してしまうのだとか。「まるで車のエンジンをムダにアイドリングさせているような」この状態こそが、脳の疲れの正体。まずはマインドワンダリングを止めることが必要で、そのための手段として瞑想が注目されているのです。
瞑想は、脳のケア
近年、瞑想が健康にもたらす効果について数々の研究が行われ、そのメカニズムが解明されてきました。瞑想を行なっていると、脳の疲れがとれてリラックスできることや、集中力、記憶力、意思決定に関わる脳のネットワークが活性化することがわかってきたのです。
精神科医・心療内科医でありながら禅寺の住職でもあるという川野泰周さんによれば、瞑想とは「"今、この瞬間"の経験に注意を向け、あれこれと思い悩む脳を休ませてあげる」こと。人間が何かに向けていられる注意の量には限りがあり、「今、この瞬間」に起きていることに注意力を使い切ってしまえば、ほかには何も考えられなくなる。すると、あれこれ思い悩む脳の働きにもストップをかけられ、ストレスからも解放されていくといいます。
気軽に瞑想
とはいえ、瞑想というと禅寺で坐禅を組むようなストイックなイメージがつきまとい、尻込みしてしまう人もあるでしょう。でも、「瞑想なんて、そう堅苦しく考えることはない」と川野さんは言います。「会社でもご家庭でも電車のなかでも。あるいは、座っているときでも、歩いているときでも。いつでも、やりたいときに、やればいい」と。そして、時間がない、面倒くさい、続けられないという人に向けて、瞑想を親しみやすいかたちで紹介した本まで出版しています(『ずぼら瞑想』 幻冬舎)。その本を読むと、「え、これでいいの?」と思うようなことばかりで、瞑想に対するイメージがガラリと変わってしまいそうです。
キャベツを刻むのも瞑想!?
例えば、「キャベツの千切り瞑想」。最近ではスーパーにも千切りされたキャベツが並んでいて、疲れているときなどそれを買う人も多いでしょうが、川野さんは「実にもったいない」「(千切りを)最高の瞑想だと思って試してみてください」と書いています。ポイントは、「キャベツを切っている、その感触だけに集中」すること。「今この瞬間のみに意識を集中させることで、あれこれ思い悩む脳と心を休める」のです。
ただし、「忙しいのに、なんでこんなことをなどと嫌々やっているうちは、心は整いません。・・・中略・・・手早く済ませようとせず、心を込めて、時間をかけて」と川野さん。それでも、キャベツの千切りならわずか数分のことです。
家事は瞑想の宝庫
「瞑想の基本は、いつもは何気なくしている繰り返しの作業に、あえて意識を向けることにある」と川野さんは書いています。意識を集中させることができれば、それこそ息をするだけでも瞑想になり、歯を磨くのも、掃除や洗濯をするのも、みんな瞑想になるというのです。なかでも、単純な動作を繰り返すものは、瞑想の効果大だとか。卵かけごはんが好物の川野さんは、そのための卵を溶くのも瞑想のひとつにしているそうで、「疲れたなと感じているときは、家事をサボるよりも、あえて家事に没頭してみてください」という言葉には説得力があります。
ちなみに、家事以外で紹介されている瞑想は、ありのままの呼吸を感じる「呼吸瞑想」、足裏の感覚に意識を集中させる「歩行瞑想」、ひと口ひと口をゆっくり大事に味わって食べる「食事瞑想」、駅のベンチに腰掛けて呼吸を感じる「ホーム瞑想」、全身全霊で一杯のコーヒーを味わう「コーヒー瞑想」などなど。ただ空を見上げて眺めることやペットを撫でること、靴磨き・トイレ磨きなども瞑想になるそうですから、瞑想の機会は至るところにありそうですね。
効率よく手際よくこなせるのが、優秀な人、できる人。現代社会のそんな価値観のなかで、私たちは常に何かに急き立てられながら生きています。「効率化するだけでは、心は楽になりません」「本当は、非生産的な行為こそが心の救いになる」という川野さんの言葉を、みなさんはどう受け止めますか?
*参考図書:『ずぼら瞑想』川野泰周(幻冬舎)