研究テーマ

「あの人」への手紙

手紙をテーマにした映画『ラストレター』が、静かな共感を呼んでいます。映画を観た人の感想で多いのは、「だれかに宛てて手紙を書いてみたくなった」というもの。実際、期間限定の「映画コラボ手紙体験カフェ」には、多くの人が訪れ、そこで手紙を書く人の姿があったといいます。インターネットの普及で、若者のコミュニケーションツールのほとんどがメールやSNSになってしまったこの時代に、手紙が注目されているのはなぜでしょう?

手紙は不便?

思い立ったらその場でメッセージを打ちこみ瞬時に送れるメールと異なり、便箋とペンを用意し、相手に向き合いながら時間と手間をかけて手書きし、書き終わったら封筒に表書きして切手を貼り、ポストに投函する。届くまでに時間がかかり、相手から返事が来るまでにはさらに時間がかかる。メールの簡便さに比べて、手紙はなんとも手間のかかるツールです。そもそも、映画『ラストレター』で主人公が手紙を書きはじめたのも、メールのやりとりをしていたスマホを壊されてしまったから。そんなきっかけでもなければ、わざわざ手紙を書こうと思わなくなっているのが、私たち現代人なのかもしれません。

手紙体験

映画の公開が始まった1月半ばから2月いっぱいまで、「映画コラボ手紙体験カフェ」が全国各地に期間限定で出現しました。東京・雑司ヶ谷の路地にある小さな喫茶店も、そのひとつ。「手紙寺×ラストレター」という貼り紙に誘われて入ってみました。
店内のポスターには、
《映画『ラストレター』と手紙寺がコラボレーションし特別な手紙を作りました。
1.あの人へのラブレター...届けたい想いを手紙に書き、封をしてポストへ。手紙寺が時空を超えて「あの人」へ想いを届けます。
2.未来に届ける手紙…届いた手紙は寺がお預かりして「あの人」へ届けます》
とあります。
店内には便箋と封筒、筆記具が用意されていて、特設のポストも。店を訪れたのは映画公開から3週間過ぎた頃でしたが、すでに50人もの人がそこで手紙を書いたといいます。

手紙の力

「手紙」として封書されたものは、霊園内のポストや手紙処の壁ポストに投函。手紙寺でお焚き上げされて、天国の「あの人」へ届けられます。

ポスターにあった「手紙寺」とは、東京都江戸川区浄土真宗の寺院、「證大寺(しょうだいじ)」。住職の井上城治さんは、常々お墓参りや法事でお寺に来ても短時間で帰ってしまう人が多いのを残念に思っていて、大切な故人とゆっくり会話できるようにと、お寺で手紙を書いてもらう取り組みを始めました。
実は井上さんは、若くして前住職であるお父さんを亡くし、寺の維持運営に悩んでいた頃、お父さんの遺した手紙を見つけて迷いが消えたという体験を持つ人。手紙のもつ力を知っているからこそ、ひとりでも多くの人に、気軽に自由に手紙を利用してほしいと思ったのでしょう。そして考案されたのが、「手紙寺郵便」。時空を超えて届く、手紙の新しい仕組みです。

時空を超えて届く手紙

「手紙寺郵便」には2種類あります。そのひとつは、「ラストレター」。自分が亡くなった後に残される人に宛てて書いた直筆の手紙を、手紙寺に託すものです。残された人は、寺から届いた自分宛ての手紙を読むことで、時空を超えて故人と再会します。
もうひとつは、手紙を書くことで亡き人と向き合う「手紙参り」。もちろん、故人に直接渡すことはできませんが、預かった手紙を手紙寺で供養し、火で焚き上げ、天に昇る煙とともに故人に届けるというものです。2017年には、證大寺の霊園がある千葉県船橋市に、手紙を書くための空間「手紙処(どころ)」も建立されました。

亡き人への手紙

お彼岸前の、とある晴れた日。船橋市の霊園、昭和浄苑に行ってみました。著名人の手紙の一節が印字された「手紙標(てがみしるべ)」をたどっていくと、校倉(あぜくら)造りの「手紙処」へ。手紙を書くスペースは窓際に設けられ、机に向かうと広いガラス窓から外の木立や空が見通せます。
机の上には、「想いつづり」と記されたノートが3冊。表紙をめくると、最初のページに「ご自由にお書きください」とあり、中のページには墓参に来た人々の故人へのさまざまな想いが綴られています。亡き人に語りかけながら、相手との関係をふり返り、愛されていたことを思い出したり感謝したりしている言葉の数々。「故人を想像しながら語りかけることは自分自身と向かいあい語りかけることでもあり、それこそが故人に対する本来の祈りである」という井上住職の思いは、このノートの上に実現しているようです。

手紙を書く時間

たとえば、友だちや恋人と喧嘩して気まずい時間が続いた後、口で謝ることができなくて手紙を書いたことはありませんか? 学校を終えて親より早く帰宅する子どものために、「おやつはどこに置いてある」「遊ぶ前に宿題を」といった短い手紙を書く人も多いでしょう。そのどちらにも共通するのは、相手と向き合う時間をつくり、手間をかけていること。メールで済まなくもないのですが、肉筆の手紙には、文字のクセや大きさ、筆圧などすべてをひっくるめて、その人の息づかいや体温が感じられます。こうした肉声のような文字を通して、はじめて伝わることもあるのではないでしょうか。

手紙を書くことは、それを送る相手に想いを馳せながら、自分とも深く向き合うこと。メールの便利さに慣れてしまって、私たちは手紙を書く時間の豊かさを忘れかけていたかもしれません。あなたが最近手紙を書いたのは、いつですか?

*手紙寺は2019年、一般社団法人に法人化されました。

研究テーマ
生活雑貨

このテーマのコラム