手仕事
手づくり、手料理、手作業…「手」の付く言葉を見ると、なんとなくホッとするのはなぜでしょう? それはきっと、そこに「人」の存在を感じるから。大量生産・大量消費の風潮のなかで半ば忘れられかけていたこれらの言葉を、最近よく目にするようになりました。きっかけは、新型コロナウィルの感染拡大。長引くマスク不足に業を煮やし、多くの人たちが自分の手でマスクをつくり始めたからです。今回は、小さな「手仕事」がもたらしたものにスポットを当ててみました。
必要なら、つくる
簡単には終息しそうにないコロナ禍で、マスク不足は今や世界的に常態化しています。お店に行っても品切れ、早朝に行列しても買えない… 多くの人がマスクを求めて右往左往していた頃、手仕事を得意とする人たちは、さっさと手づくりを始めていました。針仕事に慣れ親しんでいる人たちにしてみれば、必要なものを「自分でつくる」のはあたりまえのことなのかもしれません。
「使いふるした手ぬぐいは肌触りがいい」「耳にかける部分はストッキングを輪切りにしてもいいみたい」… SNSなどを通じて情報をやり取りしながら、マスクづくりは広まっていきました。暑くなってきてからは、「接触冷感の下着の生地を裏地に使ってみた」という人も。それらは、「手」の技があったからこその「即実行」だったと言えそうです。
「仕方なく」でも、できた
一方、裁縫は不得手で買ってすませることに慣れている多くの人にとって、たとえ小さなマスク1枚でも、「つくる」のは結構高いハードルです。しかし、マスク不足がこう長引くと自分で手を動かさざるを得ません。何年ぶりかにミシンを取り出したという人、「ミシンはもう処分したけどチクチクしたら何とかできた」という人、中には手芸好きの友人から見本のマスクと型紙をプレゼントされて重い腰をあげたという人も。そして、そうした人の多くが「つくってみたら楽しかった」と言っているのが印象的でした。もしかしたら、手を使うことによって進化してきた人類には手仕事のDNAが埋め込まれていて、手を使うことは喜びにつながるのかもしれません。
600枚の手づくりマスク
3月の半ば、山梨県甲府市に住む13歳の女子中学生、滝本 妃さんの行動がニュースになりました。手づくりマスク約600枚を県に寄附したというのです。きっかけは「お母さんと薬局に行ったとき、高齢者の方がマスクを求めて薬局を何軒も回っている姿を見て、『かわいそうだな』と思った」こと。「自分にも何かできることはないか」と考え、学校が休校中だったこともあり、マスクづくりを始めたといいます。布・ガーゼ・ゴムといった材料費の8万円は、これまで一度も手を付けずに貯めてきたお年玉でまかなったとか。さぞかし手芸好きの中学生だろうと想像しますが、じつは家庭科と裁縫は苦手で、幼いころから続けているピアノの方がよほど得意なのだそうです。
つくる過程が楽しい
このニュースに呼応するように、その後、各務原市の小中学生、草加市の中学生、世田谷区の中学生、町田市の中学生などがそれぞれ100枚以上のマスクやフェイスシールドをつくって寄附したというニュースが続きました。その中のひとり、草加市の中学生は、「不織布の使い捨てマスクが医療関係者にも不足していて困っている」というニュースに気持ちが動いたとか。「使い捨てマスクは医療関係者に回ればいいな」と思い、祖母や母に教わりながらつくり始めたといいます。こうした子どもたちの背後には、教えたり手伝ってくれたりした人の存在がありました。そして、それらの人たちが一様に言っているのは、「手づくりしながら家族みんなで楽しく過ごす時間がもてた」ということ。そういえば、繕いものなどの手仕事をする母親の傍で子どもたちがその日のできごとをおしゃべりする、といった光景は、かつてはどの家庭でも見られたものでした。
誰かのために、つくる
100枚単位の寄附は難しいけど、自分のできる範囲でつくったものを誰かのために役立てたい。そんな思いに応える動きも出ています。山梨県上野原市で行なっている「マスクの輪プロジェクト」は、「市民が手づくりしたマスクを市が買い取り、買い取ったマスクを希望する市民に無料で配布する」というもの。色柄に指定はありませんが、仕上がりサイズや形状、素材などは指定されていて、「洗って繰り返し使用できる耐久性を有するもの」としています。告知のチラシにはマスクのつくり方も丁寧に説明されていて、初心者でもつくれそう。希望する市民に、ひとり2枚まで配布されるそうです。
また、東京都練馬区のある区議会議員の事務所では、マスクが本当に必要な人に届くようにと「手づくりマスクを"作る""配る""使う"キャンペーン」に取り組んでいて、無償でつくったマスクが続々と届けられているといいます。
手づくりマスクの広がりを見て思い出したのは、以前、当コラム(『東北のその後─手仕事がもたらした希望─』)でもご紹介した「大槌復興 刺し子プロジェクト」のことでした。東日本大震災で津波被害に遭い、大切なものを失いながら、「刺し子」という手仕事を通じて少しずつ元気を取り戻し、日常を変えていった女性たち。先行きの見えない不安と緊張のなかで暮らしている今の私たちも、「手の知性」を取り戻す時に来ているのかもしれません。