動物たちの意外な日常
空を飛ぶ鳥は、ふだんどこにいて、何をしているのだろう。海にいる生き物は、どこを泳ぎ、何を食べているのだろう。この地球上で、私たち人類と一緒に生息している隣人たちの意外な暮らしぶりが、「バイオロギング」という新しい観測の手法によって少しずつ明らかになってきました。自然界に生きる彼らの驚きに満ちた日常に、今回は触れてみたいと思います。
謎に満ちた動物の生態
私たちは子どもの頃から、絵本や図鑑を見て、さまざまな動物に親しんできました。そしてまた、動物園や水族館に行って、本物の象やライオン、魚やイルカなどが泳ぐところを見てきました。鳥類、哺乳類、は虫類、両生類、魚類などは特別な存在ではなく、いつも私たちのそばにいる隣人だと思っていました。それでつい、知ったつもりになっていたのです。彼ら動物が自然界のなかで、日々どんな暮らしをしているかということを。どこに行き、何を食べ、どんな格好で眠っているかということを。
でも、よく考えてみれば、私たちが見てきたのは、動物たちの行動のほんの一部にすぎません。数千kmの彼方へ飛び立っていく鳥たちが、人の目の届かない上空でどんな飛び方をしているのか。水深千メートル以上も潜れるクジラたちが、光の届かない海の底で何をしているのか。このような動物たちの日常の姿は、これまで見る術もなければ知るよしもなく、研究者にとっても謎に満ちたものでした。ところが、1980年代から90年代にかけて、「Bio-logging(バイオロギング)」と呼ばれる新しい観測の手法が登場し、動物たちのふだんの暮らしぶりが次々と明らかにされてきたのです。
バイオロギング
バイオロギングとは、「生物」という意味の「bio」と、「記録する」という意味の「log」を合体させた言葉。動物の体に小型のデータ記録装置(データロガー)を取り付けて、彼らの動きや行動について詳しく調べる学問的な観測手法のことです。
「バイオロギング」を可能にしたのは、90年代に飛躍的に進歩したデジタル化の技術です。半導体や小型カメラ、位置情報を伝えるGPSなど、携帯電話やスマホに使われるおなじみの技術が、データロガーの超小型化を実現したのです。バイオロギングは日本が他国に先駆けて開発した研究の手法で、この分野の世界会議は2003年に日本で初めて開催されました。「バイオロギング」という新しい言葉も、この会議の場で決まったそうです。もちろん観測に際しては、機器を取り付ける動物たちの体を傷つけることがないよう、その負担は最小限にとどめるよう配慮されています。
クジラのおかしな寝姿
データロガーを身に付けた動物たちは、あるものは大空へ、あるものは水中へと解き放たれ、観測機器が捉えたデータやカメラの映像を送り届けてくれます。その結果、意外な事実が明らかになってきました。たとえば、水深2,000mまで潜ることで知られているマッコウクジラです。彼らがどこで、どのような姿で眠っているかは、これまで謎に包まれていました。ところが、データロガーが不思議な彼らの行動を捉えました。ときおり海面近くにまで浮上してきて、頭もしくは尾びれを上にして、体をタテにしたままじっと動かなくなることがあるのです。この不思議な姿勢は、どうらやマッコウクジラの寝姿であるらしいと考えられています。他にも海に潜り、海底をつついて餌を食べる鳥の生態や、昆虫を追跡して捕食するコウモリの名ハンターぶり、子どもと一緒に海に入って泳ぎを教えるアザラシの姿など、動物園や水族館では見られない動物たちのプライベートな日常が見えてきたのです。
天気予報への応用も
バイオロギングの研究成果を、私たちの暮らしに役立てる取り組みも進められています。たとえば、ウミガメの背中に深度・水温を記録する計器を取り付け、熱帯付近の海の水温構造を調べるという研究です。実際にここから得られたデータを季節予測システムに取り込み、数ヶ月後の水温変動の予測シミュレーションが大幅に改善するという成果が得られました。動物由来の観測データを季節予測システムに使い、その有効性を検証した研究は世界で初めてだそうです。他にも、ほとんど羽ばたかずにグライダーのように滑空する海鳥の飛行データを解析して、海上の風向や風速を割り出すという研究も始まっています。空を飛ぶ鳥たちや、海を泳ぎ回る魚たちのデータが世界中から集まれば、天気予報の精度はいままで以上に向上するかもしれません。
一般的に学術研究というものは、初めに研究の目的を設定し、それを実証するために実験や観測を行います。ところが、バイオロギングは逆転の発想なのです。とりあえず動物たちに記録装置を取り付け、彼らが送ってきたデータや映像を解析し、謎の解明や科学の進歩に役立てようというのです。
日本から始まったバイオロギングの研究が、今後どのような"驚きの発見"をもたらしてくれるのか、楽しみに見ていたいと思います。