幸せホルモン
コロナ禍で巣ごもり生活が長引く中、犬や猫を飼い始める人が増えているそうです。ペットとふれあうことで、少しでも家での時間を楽しくしたいという思いからでしょう。ペットは「居る」だけでも人の心をほぐしてくれますが、文字通り「触れ合う」ときの温もりで幸せを感じる人も多いはず。実はこの時、脳からは「幸せホルモン」と呼ばれる脳内ホルモンが出ているといいます。このホルモンは、ペットだけではなくて、親しい人と触れ合ったり共感したりすることでも増えるとか。なにかとストレスの多い時期だから、幸せホルモンに目を向けてみました。
触れ合うと出るホルモン
そのホルモンの名前は、「オキシトシン」。脳の視床下部で生産され、脳下垂体から分泌されるホルモンです。たとえば、赤ちゃんがお母さんのオッパイを吸う刺激で分泌され、母乳が出てくるように促すのはこのホルモン。また、分娩時に子宮を収縮させて分娩を促したり、出産後は子宮の回復を促進したりする働きもあり、従来は妊産婦に影響を与えるホルモンとして知られていました。
研究の進んだ今では、親しい人やペットと触れ合った時などにも分泌され、私たちの心身にさまざまなポジティブ効果をもたらすことが判明。不安やストレスを緩和し、関節などの痛みをやわらげ、認知症の症状の改善にも期待できるとして、「幸せホルモン」「愛情ホルモン」とも呼ばれています。
幸福感とストレスの緩和
オキシトシンがもたらす効果の代表的なものとして、「幸せな気分になる」「ストレスが緩和される」「不安な気持ちを落ち着かせる」「ポジティブになりやすくなる」などが挙げられています。
そのうち最も知られる「幸福感」は、オキシトシンの増加に伴って神経伝達物質の「セロトニン」が分泌されることから。セロトニンは安心感やメンタル面の安定に寄与することがわかっていて、その分泌量が増えると癒やされるような幸福感を得られ、逆に低下すると攻撃性が高まったり不安やうつなどを引き起こしたりすると言われています。またオキシトシンには、不安なときに分泌されるストレスホルモンのコルチゾールの分泌を抑えて、ストレスを緩和する効果も。
不安やストレスがやわらいで心身ともにリラックスできる──人間の幸福の基本はここにあるのだと、コロナ禍の今だからこそ、実感できますね。
タッチケア
こうしたオキシトシンの効果は、医療や介護の現場でも取り入れられているそうです。肌に触れてやさしくマッサージすることで、その人が抱える痛みやストレスを軽減する「タッチケア」がそれ。横になっている人の背中全体を、手の平でアイロンをかけるようにゆっくりと撫でるというもので、それだけでオキシトシンの分泌が期待できるといいます。そして、タッチケアをされた側よりもする側の人の方に、より多くのオキシトシンが出るという興味深い研究結果もあるとか。相手を思いながら触れることで、する側にも同じホルモンが出てくるなんて、授乳時のお母さんと赤ちゃんの幸せな関係を思わせる話ですね。
また、オキシトシンは「自分が気持ちよい」と感じることを実行すれば分泌されるので、自分で自分にするセルフタッチケアも効果的。掌でやさしく包み込むように、自分の腕や脚、胸やお腹などを撫でると良いそうです。
幸せホルモンを増やすには
オキシトシンの分泌に特に有効とされるのは、信頼関係が成り立っている相手やペットとの触れ合いです。
とはいえ、コロナ禍でソーシャルディスタンスが求められる昨今。人と会うことすら控えなければならないのに、触れ合いたくても触れ合えないのが現実でしょう。でも大丈夫。人と直接触れ合うことができなくても、家族や親しい人に電話して声を聞き、話すだけでも、オキシトシンは分泌され、ストレスが軽減し安心感が持てるといいます。そして、その効果をさらに高めるのが、心地よいものに「触れる」こと。手触りのよいぬいぐるみや抱き枕などに触れながら話すという皮膚感覚が加わると、声を聞くだけよりも相手の存在をより強く感じられて、安心の効果が大きくなるとか。皮膚には、私たちが想像する以上の能力があり、皮膚感覚は気持ちに少なからず影響を与えているようです。(詳しくは当研究所発行の小冊子『くらし中心№17 皮膚にびっくり』をご覧ください)
実家に帰りたくても帰れない。離れて暮らす高齢の親や入院中の家族にも会いに行けない。コロナ禍で、人間らしい感情を封じ込めながら、人との距離を保っている私たち。多くの人が、触れ合えないことのもどかしさや辛さを感じて生活しています。こんなご時世だからこそ、まずは自分自身をリラックスさせて、日常の中にあるやわらかな時間を取り戻したい。そして離れている人、気になる人には電話して、言葉や気持ちを交わしたいものですね。その時に出てくる幸せホルモンは、相手を元気づけるだけでなく、電話する人にも温かい何かを運んでくれるでしょう。