研究テーマ

自由って難しい

鳥取県智頭町の山の中に、一風変わった学校があります。その名は「新田サドベリースクール」。この学校には先生がいません。授業もありません。生徒は自分の好きなことをやって、日がな一日、自由気ままに過ごしています。そんなユニークな学校の様子が、この度、一編の映画になりました。人にとって学ぶとは何か、自由とは何かということを問いかけてくるドキュメンタリー作品です。

こんな学校ありなの?

「この近くに面白い学校があるよ」。今回の映画を監督した浅田さかえさんがそんな話を耳にしたのは、2017年秋のこと。鳥取県にあるご主人の実家に里帰りしていたときでした。「どんな学校なんだろう?」。ふと気になって学校に連絡し、見学に行った浅田さんは驚きの光景と出合います。その学校では、大きな一軒家の中で、子どもたちがてんでんばらばらに好きなことをやって遊んでいたのです。屋根の上から飛び降りる子がいれば、家の中でゲームに興じる子がいます。絵を描いている子や、ハンモックに揺られて気持ちよさそうにしている子もいます。自由気ままに、一日中ぶらぶらと過ごしている。「こんな学校ありなの?」と驚いた浅田さんは、手に持っていたカメラを回し、子どもたちの日常を記録し始めました。撮影は雪景色の残る2018年の春先から始まって、季節を巡り、翌年の6月まで続きました。およそ1年半、ご主人の実家を拠点にして「新田サドベリースクール」に通い続けたのです。そうして撮り溜めた膨大な映像を編集し、「屋根の上に吹く風は」というドキュメンタリー映画を完成させました。

退屈のプールに浸ける

「サドベリースクール」は、鳥取の他にも全国各地に10校以上存在します。その教育のモデルとなっているのは、1968年にアメリカ・ボストン郊外に誕生した「サドベリーバレースクール」です。サドベリースクールには先生がいません。授業がありません。スタッフと呼ばれる大人に見守られ、子どもたちは好きなことをやって過ごしています。創立者のダニエル・グリーンバーグさんは、子どもに大きな自由を与えることを「退屈のプールに浸ける」と表現しています。はじめのうちは楽しく思える自由ですが、時が経つとともに子どもたちは暇を持て余し、しだいに退屈していきます。悶々と過ごす時間の中で、子どもの心に「自分は何が好きなの? 何がしたいの?」という問いが生まれ、やがて「自分の好き」に向かって動き出すというのです。
また、サドベリースクールにはもうひとつの大きな特色があります。それは、「子どもたちが自分たちで作っていく学校」というもの。たとえば学校で何を買うか、スタッフを誰にするか、給料をいくらにするかなども、生徒がミーティングで決めていきます。学校で何をして過ごすか、その学校をどう運営していくか、すべてが子どもたちの自由意志に委ねられているのです。

自由でいることの難しさ

自由気ままに過ごす子どもたちを前にして、当初浅田さんはとまどいを覚えたそうです。「勉強しないで、ゲームばかりやっていて、本当に大丈夫なのか」と。ただ、自分のやりたいことに忠実に、イキイキと過ごす生徒の姿を見るうちに、次第に固定観念が外れ、柔軟に発想できるようになったといいます。「自由の中で子どもたちは自ら考えざるをえない状況に置かれ、自分が決めたことには自分で責任を負う。それを引き出すのが、サドベリー教育の狙いのひとつではないか」ということに思い至ったのです。
そして、浅田さんは、ある生徒が何気なくつぶやいたひとことに出合います。それは「自由って難しい」というもの。その言葉を耳にした瞬間、「あ、撮れたな」と密かに思ったそうです。もうひとつ、浅田さんの心に残ったのは、自由に過ごす子どもたちを見守ることの難しさでした。カメラを回しながら、大人としてつい口を出したり、手伝ってあげたくなったりしてしまうのです。サドベリーのスタッフはそこをグッとこらえて、ギリギリまで子どもたちを見守っていくのです。
学校といえば黒板があり、教壇に先生が立ち、整然と並んだ机に行儀よく座っている子どもの姿が思い浮かびます。でも、この映画で紹介される学校は、それとは真逆の発想で作られています。もちろん、このような学校のあり方には賛否両論あるでしょう。それを承知の上で、あえて世に問うために投じた一石が、「屋根の上に吹く風は」という映画なのです。

今回の映画は、「サドベリー教育を紹介することが目的ではない」と浅田さんはいいます。撮りたかったのは、そこで展開する「人間ドラマ」。新しい教育のスタイルを試行錯誤しながら切り開いていく、子どもと大人の日常の風景です。
自由とは何か、学ぶとは何か、教育とは何か、生きるとは何か。そんないままで考えもしなかったさまざまな問いが、この映画を見た後には生まれてくるかもしれませんね。
映画は2021年10月2日から東京・ポレポレ東中野で上映が始まります。その後、大阪、京都、名古屋などでも順次公開される予定です。

※参考サイト:映画「屋根の上に吹く風は」

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