小さなものたち
「小さい」ものを見ると、思わず顔がほころんでくるのはなぜでしょう。赤ちゃんは文句なしにかわいい存在ですし、見慣れたものでも単純にサイズを2分の1にしただけでかわいい。人間の中には、小さなものを愛おしむ気持ちが埋め込まれているのかもしれません。そして、小さなものは小さかった(幼かった)ころの自分の記憶を呼び起こしてもくれます。そんな小さなものたちに目を向けた「ファーストバスケット展」があると聞き、開催日を前にした東京都文京区のギャラリーを訪ねました。
初めて見るもの、触れるもの
その展示会のタイトルは、『ちいさな私×ちいさな籠(かご) my first basket 』。「幼い人が初めて手にするかご」というテーマに沿って、国内外の作り手の作品を集めた企画展です。赤ちゃんは、文字通り「まっさら」な状態でこの世に生まれてきます。見るもの聞くもの触れるもの、すべてが「初めて」の世界。この企画展も、「初めて見た、触れたものがその人の価値観の源になるとしたら、美しいかごを幼子に渡したい」という思いからスタートしています。
かご好きが昂じてギャラリーを開いたという「gallery KEIAN」オーナーの堀惠栄子さん自身、赤ちゃんの時には籐のベッドに寝かされ、幼稚園にはピンクのバスケットを提げて通ったとか。そうした原体験が、その後の美意識を形づくっていったのでしょう。「"美しい"というのは、それぞれの記憶の中にある」と歌舞伎役者の坂東玉三郎さんが言っているのも、そういうことなのかもしれません。
かごの魅力
バスケタリー作家の関島寿子さんは、「かごとは中身のない空間を維持するもの」と定義しているそうです。それはつまり、「その中に何を入れ、どこに持って行き、どのように使うかは限りなく自由」で、使う人に委ねられているということ。「自分がかごをこよなく愛するのも、その自由な感覚に魅せられているからかもしれない」と堀さんは言います。
そしてまた、「かごは先史時代から現代まで、まったく変わらない方法で作り続けられている唯一のもの」。「自然からいただいた材料を使い、わずかな道具と手だけで形づくる、いわば人類の文化遺産、ものづくりの原点」であり、「バーチャルが主流になろうとしている今だからこそ、それを次世代に渡す意味は大きい」と語ります。「かごは掌であり、大切なモノ、つまり物心を運ぶ」と堀さん。丁寧に作り込まれたかごに、子どもたちは何を入れるでしょう。
小さなものが誘う世界
「丁寧に作られたかごを見ていると、自分が大切にされている気がする」──かご好きの人が、堀さんのギャラリーを訪れて、もらした言葉だそうです。自然の素材を使い、人の手で丁寧に編み込まれ形づくられたそれには、作り手の思いが込められていて、見る人をやさしく包み込むのでしょう。そういえば、赤ちゃんを安らかな眠りに誘う「揺りかご」も、かごの一種ですね。
松任谷由実の歌う『やさしさに包まれたなら』は、映画『魔女の宅急便』のエンディングテーマソングとしても知られます。「小さいころは神様がいて…」という歌い出しで始まり、一番では「不思議に夢をかなえてくれた」、二番では「毎日愛を届けてくれた」と続く歌詞に、幼いころの記憶を呼び起こされる方も多いでしょう。振り返ってみると、「大切にされた」という幸せな記憶は、多くの人の中に眠っているもの。小さなかごを通して、今は大きくなった人にも「大切にされた記憶」を呼び覚ましてもらえたら──展示会には、そんな願いも込められているようです。
小さな人とつながる
この展示会は、gallery KEIANと熊本を拠点に活動するgran moccoとの共催で行われます。gran moccoが熊本伝統のおんぶ紐・もっこを現代風に蘇らせ、子育て世代に向けた活動を行っていることは、以前のコラム(「おんぶ、してますか?」「心地よい『場』をつくる」)でもご紹介しました。長引くコロナ禍で社会環境は大きく変わりましたが、子育て中のお母さんたちに寄り添うため、さらにきめ細やかな活動を続けています。
例えば、初めての人が自宅でおんぶ紐を試せる「トライオンシステム」をスタートさせたり、抱っこやおんぶの仕方をオンラインで伝えたり、出かける場所がなく息が詰まりそうになっているママと赤ちゃんのために少人数入れ替え制で小さなマルシェを毎月開催したり、赤ちゃんとの心地よい暮らしをシェアしながら横のつながりを大切にするためLINEのオープンチャットで情報交換したり。
また、世界の人におんぶ育児の楽しさを知ってもらうため、海外向けのサイトも開設しました。世界的に引きこもりになっている今だからこそ「私たちが出来ることで世界のママたちとつながれたら」──代表の田代佳織さんは前向きに語ります。
おんぶ紐・もっこの「もっこ」にはそもそも「かご」という意味があるように、「もっこ」も「かご」も、大切な何かを運ぶための道具です。いずれも、ベースにあるのは、小さな人たちへのやさしいまなざし。コロナ禍で社会全体にギスギスした空気が漂うこんな時だからこそ、小さなかごに触れることで、本当に大切なものが見えてくるような気がします。そして、もしかしたら遠い日の「小さかったころの自分」にも会えるかもしれません。
『ちいさな私×ちいさな籠(かご) my first basket』
・東京展 会期:2021年10月8日(金)~24日(日) 会場:gallery KEIAN
・熊本展 会期:2021年11月5日(金)~22日(月) 会場:D_warehouse
※会期中もお休みの日がありますので、詳しくはご確認ください。