前向きに生きる
人間誰だって、不幸より幸せな方がいいですよね。いつも自信に満ちあふれ、楽観的に前向きに生きられたら、どんなに素敵なことか。でも、現代のようなストレスフルな社会に身を置いているとこれがなかなか難しく、心配や不安のタネは尽きずに、寝つかれない夜を過ごすこともあります。そんなとき役立つのが、「ポジティブ心理学」というもの。人間の強みやポジティブな感情を研究することから生まれた、前向きに生きるための新しい心理学です。
日本人は世界一の心配性?
幸福学の研究者である前野隆司さんの「実践ポジティブ心理学」という本に、興味深い話が紹介されていました。なんでも日本人は"世界一不安になりやすい国民"なのかもしれないというのです。根拠として示されていたのが、世界29カ国を対象に行われた研究調査の結果。不安を感じやすい人は「セロトニン・トランスポーターSS型」という遺伝子を持っているそうで、この遺伝子を持つ人の割合が日本人は最も高いということが明らかになりました。「SS型」の遺伝子を持つ人は、人の気分に影響を与えるセロトニンが不足しがちなため、不安を感じやすくなるとのこと。日本人の実に65%が「SS型」の遺伝子を持っているそうです。ちなみにアメリカ人の場合は、不安傾向のある「SS型」は19%で、逆にポジティブ傾向のある「LL型」が32%もいました。日本人の「LL型」はわずかに3.2%。日本人よりアメリカ人に陽気な人が多いように思えるのは、遺伝子の影響もあったのですね。ところで、この本にも書いてありますが、不安を抱きやすいということは必ずしも悪いことばかりではありません。モノづくりの分野などでは、慎重さや緻密さというプラス面として作用することもあります。優秀なモノづくりで日本が世界のトップに立てたのも、不安を感じやすいという国民性があったからなのかもしれません。
ポジティブ心理学の登場
とはいえ、やっぱり心配を抱え、不安になっている状態は辛く感じますよね。うつ病の傾向が現れると、問題はさらに深刻になります。こういう不安や心配の感情を取り除き、人間の心を健やかにするための研究を重ねてきたのが、従来の心理学でした。ところが、20世紀の終わりに、人の心からネガティブ要因を取り除くことに主眼を置く心理学のあり方に疑問を呈する人物が現れました。アメリカの心理学博士であるマーティン・セリグマンです。うつ病と異常心理学の権威であるセリグマン博士は1998年、アメリカ心理学会の会長に就任した際に、それまでの心理学とは一線を画す「ポジティブ心理学(Positive Psychology)」の必要性を訴えました。人間の弱みばかりに着目するのではなく、人間の良いところや人徳を研究し、人生をよりよくしていくことに活かそうという考えです。
漢方に「未病」という考え方があります。病気には至らないものの、健康な状態から離れつつある状態を指す言葉です。従来の心理学は病にかかった心を治すためのものでしたが、それに対してポジティブ心理学はむしろ漢方の理念に近く、まだ病にかかっていない健康な心をよりよくするという考えに立脚しています。ひとくちにいえば、「どうすればもっと幸せに生きられるか」を追究する学問なのです。
ポジティブになるための方法
さて、では前向きに生きるために私たちは何をすればいいのでしょうか。前野さんの本にはさまざまな手法が紹介されていますが、なかでも有名なのが、セリグマン博士が考案した「Three Good Things」という手法です。これは名前の通り「毎晩寝る前に、その日あった『三つの良いこと』を書き出し、これを一週間続ける」というもの。書き出す"良いこと"は、「今日飲んだコーヒーがおいしかった」「晴天で気持ちよかった」といった些細なことでよく、これを毎日続けるうちに、自然と日常に起きるポジティブなことに目が向いていくそうです。他にも、自分の弱みではなく「強み」を発見し、それを伸ばしていく方法や、「マインドフルネス」や「瞑想」など、前向きに生きるためのさまざまなメソッドがあるようです。
ところで、「ポジティブ心理学」と似た言葉に「ポジティブ・シンキング」がありますが、両者はまったく別物だと前野さんはいいます。ポジティブ・シンキングはネガティブを排除して、とにかく明るく前向きになろうというもの。一方、ポジティブ心理学は、落ち込んでいる自分や悲しんでいる自分、ネガティブになっている自分も含めて認めてあげようという世界観を持つそうです。「SS型」の遺伝子を持つ日本人でも、これなら抵抗なく実践できそうですね。
新年の幕が明け、2022年が始まりました。昨年、一昨年とコロナ禍で苦しまれた方も多いと思います。この一年を前向きで有意義なものにしていくために、普段の生活にポジティブ心理学を取り入れてみてはいかがでしょうか。心の持ちようひとつで、目の前の世界が明るく開けてくるかもしれません。
参考図書:「実践ポジティブ心理学 幸せのサイエンス/前野隆司」(PHP新書)