古着からエタノール? 資源のない国で見つけた資源
高尾正樹(たかおまさき)
日本環境設計(株) 専務取締役
東京工業大学卒業後、東京大学大学院在学中にトリオンサイト企業組合を設立。
その後大阪大学先端科学イノベーションセンターの特任助手(現特任助教)に就任し、2007年に大阪大学発ベンチャーである日本環境設計(株)を設立。
現在は世界を動かす仕組みをいかにつくるかということについて考え、活動をされています。
無印良品が昨年から一部の地域や店舗でおこなっている古着の100%リサイクル「FUKU-FUKU プロジェクト」が、いよいよ2010年6月1日(火)~6月21日(月)に全国の無印良品で実施されます。
FUKU-FUKUプロジェクトの一番の目玉は、これまで再生用途が限らせていた綿繊維を最新の技術でバイオエタノール化したうえ、残った部分も100%ケミカルリサイクルできるという点です。実は綿繊維のバイオエタノール化技術はまだまだ発展途上にあります。無印良品は、この新しい技術とそれを開発している日本環境設計株式会社を応援し、どのような回収が有効であるかなどを一緒に検証しながら、FUKU-FUKUプロジェクトを推進しています。
くらしの良品研究所では日本環境設計で綿のエタノール化について研究開発を行っている高尾さんを取材し、活動を報告していきます。皆さんの応援メッセージやご質問をお待ちしています。
古着からエタノール?
資源のない国で見つけた資源
「とうもろこしからエタノールができるらしい。それならセルロースでできている綿繊維からだってエタノールはできるよね」。石油代替エネルギーとして注目されているバイオエタノールの記事を見つけた現日本環境設計社長の岩元さんが思いついた一言から全てがはじまりました。今から4年ほど前のことです。
「当時、僕はまだ大学院生でしたが、『できるんじゃないですか』と答えたんです」と高尾さん。大学院で実験を許可してもらい、実験をおこなったところ、なんと初回実験でエタノールができてしまったとのこと。「そんなこと、めったにないんですよ。それで会社を設立して事業化しようと話がとんとん拍子に進んでいきました」という高尾さんですが、その会社は岩元さんと高尾さんが出し合った120万円から設立されています。彼らの夢に賛同する企業や政府の人たちの協力で、今も実験は続いています。
リサイクル劣等生の一発逆転!
なぜ、岩元さんは綿繊維をエタノール化できないかと考えたのでしょうか?実は岩元さんは繊維リサイクルの様々な手法を探索してきた方だったので、その問題点を熟知していたからこその発想でした。繊維リサイクル、特に古着のリサイクルはこれまでなかなか進んでいないのが現状でした。その最大の理由は複合繊維の上に様々な付属品がついていること。特に天然繊維は化学分解できなかったため、綿混合繊維は古着としてリユースされるか、工場で機械類の油を拭き取ったり、汚れ・不純物などを拭き取ってきれいにしたりするために使用されるウエスとしてリサイクルされるかといった限られた出口しかありませんでした。
金属やプラスチックといった物質に比較すると、リサイクルにおいて繊維は劣等生でした。高尾さんが研究開発した綿繊維のエタノール化技術でこの問題が解決され、繊維リサイクル全体が大きく前進しようとしています。この技術によって生み出されるバイオエタノールは石油の代替物質として注目される一方、穀物由来のバイオエタノールはその倫理性が問われています。なぜなら、世界では貧困や飢えで苦しんでいる人が多くいるにも関わらず、それをエネルギーとして使用することでますます食糧不足を深刻化させる恐れがあるからです。
また、これまで繊維リサイクルで問題になっていた付属品を取り除く作業も必要ありません。なぜなら、綿繊維をエタノール化した跡の残った物質はコークス化という処理で一括してケミカルリサイクルできるからです。これが、古着100%リサイクルの秘密です。
事業化=継続化
しかし、良いことばかりではありません。初回の実験がうまくいったとしても、必ずしもそれが事業化できるとは限らないからです。要はコストの問題です。綿繊維は95%セルロースからできているので、それを酵素セルラーゼで切っていくとブドウ糖になり、さらに糖を発酵させることでエタノールができます。しかし、初回実験で使用したセルラーゼは高価なため、通常100円のコストでできるエタノールに5万円のコストがかかるというような状態でした。
いくらリサイクルがすばらしいことであったとしても、できたエタノールを市場に乗せることができなければ、持続的な取り組みとはいえません。高尾さんの目下の研究課題は綿繊維を効率よくエタノール化するための技術を探すことです。これには多くの時間とお金がかかります。
「効率よくバイオエタノール化するために様々な条件で、何万回、何百万回と実験をくりかえしてきました。全く答えの見えない作業なので、毎日、毎日、大きな壁に向き合っている気分」という高尾さん。会社を設立したからには技術探しに終わりはありません。実は昨年、国の支援を受けて始まったFUKU-FUKUプロジェクトが発足した3月時点ではこの問題は解決していなかったそうです。大きな発見があったのは秋口。これなら大幅なコストダウンができるという技術が見つかったのです。
結果はあとからついてくる
当初、まったくの思いつきから始まった綿繊維のエタノール化。しかし、高尾さんは実験を重ねれば重ねるほど、古着が非常に良い原料だと思うようになっています。「今、世界は穀物由来のエタノールから代替素材をさがしています。その担い手として古着は最適だと思っています。まず、セルロースの含有率が95%というのがいい」。それでは、綿花から直接作ることってできるのでしょうか?
「実は繊維になってからのほうがいいんです。実験でも、綿花のセルロースは糖化されにくいのです。それは、綿花は固まっている結晶構造だからじゃないかと。それが繊維になることによって、構造に隙間が開き、糖化されやすくなると思います。古着は更にその効果があると考えられます。検証したわけではないけれど、着古すことで更に隙間があくのではないかという想定はできるからです」という高尾さんの言葉に、ますますこのプロジェクトの魅力を感じてしまいます。
FUKU-FUKUは進化形
今、高尾さんの推し進めている実験や事業は、取り組みに賛同してくれる大学機関、政府、企業など様々な人々で成り立っています。エタノールを精製するプラントも賛同企業によって設立されています。無印良品は回収およびそのオペレーション構築の面で実験協力している企業の1つですが、そもそも無印良品に声をかけたのはどんな理由からだったのでしょうか?
「僕たちの事業の中心は綿繊維のエタノール化です。綿繊維といえば無印良品に協力してもらおうとすぐに思いつきました」とのこと。昨年度、都心旗艦店および神奈川県内の店舗、大阪市内でおこなった実験では、延べ1,700人のお客様のご協力をいただき、約8,000枚の古着を回収しました。
現在の実験では綿100%のTシャツであれば、その重さの6割程度の重さのエタノールが精製されます。「現在、古着からバイオエタノール1リットルを製造するのにかかるコストは200円。サトウキビでは20-30円程度のコストですから、現状の1/5のコストをめざしています」と高尾さんの挑戦はまだまだ続きます。
タンスにねむる資源
あなたの家に着られていない服はどのくらいありますか?日本は資源のない国です。使っていない衣料が資源に変わることに限りない夢を感じます。ただ、燃やすのであればエタノール化しなくても良いのですが、エタノールとなることで様々な可能性が生まれます。エタノールは石油代替エネルギーなのです。私たちの身の回りに欠かせないプラスチック製品も石油からできています。エタノールもプラスチックの原料になります。工場の機械を動かすボイラーの燃料にもエタノールは使えます。現在、FUKU-FUKUプロジェクトは今治市の協力を受け、今治市の中心産業であるタオルなどの繊維製品のくずを原料にエタノールを精製し、そのエタノールをタオルの製造過程で用いるボイラーの燃料として使用しています。FUKU-FUKUプロジェクトで製造されているエタノールはコスト面から考えても現在は燃料でしか使うことはできません。しかし、日々の技術革新で原料になる可能性もでてきました。結果が出ていないことについて、二の足を踏む人たちもいます。しかし、高尾さんの夢はリサイクルが生活の中に根付いて、全員参加で地球の恵みを最後まで使用することです。そんな考え方に無印良品は共感しています。