無印良品スペシャルイベント「北の大地に根ざして」第2回 『君の椅子9年、未来』
講演者:磯田 憲一氏
君の椅子プロジェクト代表・旭川大学客員教授
1945年北海道旭川市生まれ。1967年に明治大学法学部卒業後、北海道庁へ入庁。以後、一貫して北海道人の視点で、地域力を活かしたさまざまな取組みに関わる。北海道総合企画部長を経て北海道副知事となり、2002年に退任。北海道庁在職中は、北海道文化振興条例制定や、行政の無謬性神話を打破する契機となった「時のアセスメント」の発案、BSE(狂牛病)問題対策本部長として日本の標準となった全頭検査と一次検査公表などを手がける。2006年からは、子どもの誕生に地元の職人が作った椅子を贈るプロジェクト「君の椅子」に取り組む。
長い冬が足早に近づく10月25日の夕べ、無印良品スペシャルイベント第2回『北の大地に根ざして』が旭川で開催されました。このイベントは、北海道に根ざして活躍するさまざまな団体や個人を、無印良品の価値観やモノづくりの視点を通して紹介するものです。
第2回の今回は、第1回に引き続き「君の椅子」プロジェクト代表・磯田憲一さんをゲストにお招きしました。
2006年にスタートした「君の椅子」プロジェクトは、「生まれてくれてありがとう。君の居場所はいつでもここにあるからね」のメッセージを添えた椅子を、地域で生まれた子どもたちに贈る活動。製作には、道内外のデザイナーや建築家と組んで、旭川家具の職人があたります。
そのプロジェクトの故郷は、ここ旭川です。そもそものきっかけとなったのは、旭川大学大学院の磯田ゼミでの会話。「子どもが誕生すると花火をあげて祝福する小さな町(2010年に参加する愛別町)がある」━━ゼミ室で磯田さんから学生たちに語られた話は、孤独死や幼児虐待と暗いニュースが後を絶たず、「向こう三軒両隣」という関係性が薄れる時代背景の中で、「新しく生まれた命を、地域をあげて祝福する社会をもう一度築きたい」という磯田さんの願いでもありました。
プロジェクトを実現するにあたっては、たくさんの人との出会いがありました。中でも、それまで創作活動とは無縁の世界にいた磯田さんにとって、建築家・中村好文さんとの出会いは、奇跡的ともいえるものでした。
札幌で建築家展に挑んでいた中村さんに出会った磯田さんは、中村さんが著名な建築家だということも知らないまま、初対面でありながら「君の椅子」への想いを熱く語ります。その言動が、「僕、それやるよ」という中村さんの言葉を引き出し、プロジェクトの最初の扉を開くことになったのです。2006年、中村さんデザインによる「君の椅子」第1号が生まれ、その後も小泉誠さん、大竹伸朗さんといった著名なクリエイターの名前が並ぶことになりました。
2006年、いち早く参加を表明してくれたのは旭川の隣町、東川町でした。旭川家具の工房を多く抱え、写真甲子園の町としても知られる人口8,000人の小さな町の首長の英断は、翌2007年絵本の町・剣淵町、2010年花火の町・愛別町の参加へとつながり、ゆっくり着実に広がりを見せていきます。
2012年には、東川町と並び旭川家具を支える空港のある町・東神楽町が参加。そして2014年には総面積の80%が森林という中川町が加わりました。そしてこの中川町で100年以上の風雪の中育った木材を切り出し、100%道産材を使って椅子を作ろうという活動も始まりました。
安い輸入材に押されて低迷する国産材。そのトレ-サビリティを明確にするのは困難だといわれていますが、中川産材の椅子作りが実現すれば、どこで育った木材を使い、誰がデザインして誰がつくったのか、どこの町でその年何番目に生まれた子どもかがわかり、シリアル番号と名前が入った、まさに世界に一つだけの「君の椅子」になります。
一方で、2012年からは東川町にある「君の椅子の森」に苗を植える活動も行われています。椅子を贈られた家族が集い、ミズナラ、シラカバ、ヤチダモといった広葉樹の苗を植樹。椅子になるには50~80年もの歳月が必用ですが、苗を植える小さな手が成長しその手にやがてシワが刻まれていくように、森の木々もゆっくりと年輪を重ねてくれることでしょう。
今回のトークイベントは、旭川デザイン協議会のご協力を得て、100年以上前に建築されたレンガ造りのチェアーズコレクション館で開催しました。東海大学の織田憲嗣特任教授の貴重なコレクションが並ぶスペースに、歴代の君の椅子が整列。小さな椅子たちは、大きなコレクションチェアーに負けず劣らず、立派に誇らしげに映りました。
君の椅子プロジェクトは来年10年目を迎えます。歴代の椅子たちは、子どもたちのよき相棒として今日も活躍中です。
磯田さんの熱弁に加え、10月も終わろうというのに季節はずれの暖かさ。あっという間に時間は過ぎてゆきました。北国の夜のしじまに、お茶の間からは「来年の椅子はどんなデザインだろう」と楽しげに話す、大きなおなかのお母さんたちの声が聞こえるようです。
トークイベントから1週間後、ビッグニュースが飛び込んできました。文化出版局から発刊された『「君の椅子」ものがたり』の中に、6番目の参加自治体の名前が。信州(長野県)の南端にある売木(うるぎ)村が、2015年から参加するというのです。
人口約600人の小さな山村の参加は、椅子に込めたコミュニティ再生の願いが、地域を越え海を越えて大きな輪となって広がる第一歩といえるでしょう。
画像提供:君の椅子プロジェクト
写真:佐々木育弥
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『「君の椅子」ものがたり』(文化出版局)全国の書店で発売中
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くらしの良品研究所 > 無印良品スペシャルイベント「北の大地に根ざして」第1回 生命(いのち)ことほぐ「君の椅子」