社会を知ることが、安定した生活基盤への助けに
城内:18歳という若さで「自立」という、その後の人生に大きく影響する重大な決断を迫られるわけですよね。
林さん:そうなんです。施設を卒業した子どもたちのその後の人生に直結してくる、とても大事な選択になります。また、高卒のタイミングだとまだ安定した仕事へと就職しやすいのですが、一度離職した後の再就職は非常に難しいという現実もあるんです。最初の選択を間違えてしまうと、アルバイト等で生計を立てる、不安定な生活へと追い込まれやすくなってしまいます。
高田:離職率はどれぐらいなのでしょうか。
林さん:驚くことに、最初の3カ月で15%が離職します。そのうちの三分の一が、次の仕事が決まっていない状況のまま離職している子どもたちです。
城内:それだけの数の子どもたちが、不安定な生活に追い込まれてしまっているんですね・・・。
林さん:また、退所後の子どもたちのうち、2年で約2割の子と連絡がつかなくなってしまいます。そういう子は、仕事を辞め携帯代も払えなくなって、アパートも追い出されてしまって・・・つまり、連絡をしないのではなく、そもそも連絡する手段がなくなってしまっている可能性があるんです。
高田:自立支援活動の必要性が、ひしひしと伝わってきました・・・離職率の高さには、どういった原因があるのでしょうか。
林さん:自分は何が得意なのか、何に関心があるのか、社会にはどんな職業があるのか、よくわからないままに就職をしなければいけなかったりする状況が主な原因ですね。施設の職員も問題意識は持っているんですが、なかなか具体的に何をすればいいのかわからない。そこを私たちがサポートしています。例えばいろいろな企業さんに協力してもらって、インターンや、あるいは中高生向けの職業体験プログラムを提供しているんです。そこで部署の特徴を知ってもらったり、実際にサービスを体験してもらったりしています。
城内:社会を知るきっかけとして、すごくいいですね。具体的に何になりたいかって、そのぐらいの年齢の子どもでは、なかなかイメージが難しいでしょうし。
林さん:まずは「事務系の仕事」といっても、たくさんの種類があるということを知ってもらいます。そうすると、自分の得意分野や、やりたいことなど、将来へ向けた具体的なイメージがしやすくなっていくんです。
高田:何歳から職業体験のプログラムには参加できるんですか。
林さん:中学生からです。中学生から将来のビジョンが見えてくると、まず高校に行く目的がはっきりしてきますから、高校受験を頑張れるようになることが多いですね。早い段階から「まだ将来を決められないから、高校に通って準備しよう」という、社会への意識づけができるようになるのは、すごく大事なことだと感じます。
大きな自信にも繋がる進学支援プログラム
城内:職業体験プログラムや、インターンを提供している企業に就職することはないのですか。
林さん:そうなることは少ないですね。やはりいざ就職となると、学歴も関係してきます。就職先や職業の選択肢が少なくなってしまうのは、大きな課題です。全国の大学への進学率平均が平均75%ですが、これを施設退所者に限定すると20%まで下がります。そういうこともあって、私たちは進学支援もすることにしました。代表的なものが「カナエール」というプログラムです。
高田:「カナエール」ですか。どういったプログラムなのでしょうか。
林さん:大学に通う間、一時金や毎月のお金などの奨学金がもらえるプログラムです。プログラムの軸になっているのがスピーチコンテストで、まず中高生の子どもたちに「自分はこういう夢をかなえるために大学や専門学校に行きたい」ということを、会場で発表してもらうんです。もちろん観客のチケット代も支援になりますし、スピーチを聞いて子どもたちを応援したいと思ったら、毎月の継続的なサポートをしてもらうこともできます。
城内:支援をしたい人々と、支援を必要としている子どもが結びつく、素晴らしい仕組みですね。
林さん:実は施設退所者の大学中退率は、全国的な平均の約3倍で、かなり高いんです。「カナエール」では、コンテスト終了後もボランティアたちが相談に乗るなど、卒業まで支える仕組みがあります。
高田:スピーチコンテストは、どれくらいの規模で行われるんですか。
林さん:6月から7月にかけて、日経ホールなどで開催しているのですが、大きい会場では観客の数が600人ほどになります。
城内:600人!それは、かなりのプレッシャーですね。大人でも緊張しそうです。
林さん:でも、プレッシャーに負けてスピーチが今一つなものになってしまっては、奨学金のサポーターが集まりません。そのため、子どもたちに向けたスピーチのトレーニングには力を入れています。選考で10人に絞られた奨学生たちには、そこから合宿や、社会人への仕事インタビューで意欲を高めてもらいます。奨学金は選考が終了した段階で内定しているのですが、もしここで手を抜いたら落とすので、ちょっとした関門でもあります。
高田:トレーニングというのは、どういったことを行うのですか。声の出し方など、技術的な指導でしょうか。
林さん:技術的な部分はもちろん、スピーチ内容の掘り下げもしっかりと行います。特に合宿では、1人の内定者に対して3人のボランティアが付いて、どうしてこういう夢をもったのか、自分の生い立ちがどう関わっているかといったことを深く掘り下げていきます。このトレーニングは、ほかの奨学金の合格や就職活動においても役立っているようです。
城内:掘り下げて言葉にしていくことで、自分のやりたいことや自分自身のことが、わかるようになってくるんですね。
林さん:そうなんです。大勢の前で自分の夢を自分の言葉で語る機会になっているので、スピーチコンテストを終えた子どもたちにとって、すごく大きな自信になります。
あらゆる環境の子どもたちが安心できる社会へ
高田:これから、どういう方向へ活動を広めていきたいですか。
林さん:全国にもっと活動を広め、生まれた環境や入った施設によって選択肢が少なくなってしまうという環境を変えていきたいですね。施設のある地域によって出てくる格差も、依然としてあるので。
城内:地域格差。どういった点があるのでしょうか。
林さん:まず、一般的な進学率でも地方と東京で違いがあります。児童養護施設でも同様に、進学率においては地域で違いがあるのが現状です。また、私たちのプログラム実施場所も、東京近郊のものが多くなってしまっています。これは、東京近郊に本社がある企業さんが多いからですね。
高田:活動が全国的に広がっていくことで、ひとつ「地域」という格差がなくなっていくことになるのですね。
林さん:はい。「巣立ちのための60のヒント」というハンドブックを発行しているのですが、全国で47%の施設が利用してくれています。「出張セミナー」も毎年、福岡や名古屋からご依頼をいただいていますし、今年は「カナエール」を福岡で実施できました。活動は着実に全国に広がっていっています。将来的にはもっと連携して、プログラムを現地のNPOに任せたりすることも考えていきたいです。
城内:メンタル的な部分の支援など、手ごたえが数値化しづらい部分がありますよね。
林さん:そこは課題ですね。ただ、計測しづらいとしても、施設間の格差はなくしていきたいですし、「施設に通っている子と、そうでない子」という区別なく、自由に夢を見られる、自由に職業が選べる。そういう環境が当たり前な、子どもたちにとって安らげる社会づくりというのは、大きな目標のひとつですね。
高田:そのために、私たち、一社会人がやれることってどんなことがあるのでしょうか。
林さん:まず児童養護に関心を持っていただけるだけでも、嬉しいです。施設で生活しなくてはいけない人もいると知ってもらえているだけでも、児童養護施設出身であるということを、隠さないでいられますよね。多くの人に知ってもらえることが、子どもたちが「受け入れられた」と安心できる社会への第一歩だと思います。
対談を終えて
高田:ウェブで活動の概要は知っていましたが、実際に子どもたちが置かれている現状など、お話で改めて知ることがとても多かったです。施設にいる子どもたちのことを身近なものとして意識することと、色々な人と今回のお話で知ったことを共有していくことが、将来全ての子どもたちにとって過ごしやすい社会をつくっていくことにも繋がるのかもしれない、と思いました。
城内:何かやりたいと思ってもなかなか踏み出すことができない社会人の一人として、まず林さんのエネルギーに驚きました。また、とても勉強になったのが、受け入れる方の事情で歓迎されないこともあるという話です。また新たに与えられる相手の立場という視点から、今後自分ができることであったり、募金や支援ということについて、考えていきたいです。
ブリッジフォースマイルは、2011年5月24日から8月23日の期間、
無印良品ネットストア「募金券」で募金を実施し、
107人の方から合計56,200円の寄付を集めることができました。
ご協力ありがとうございました。
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