被災地が必要としている支援を届ける
川上:支援物資にもさまざまな種類があると思うのですが、たとえば地震が起きたときに必要とされる支援にはどういったものがあるのでしょうか。
柴田さん:どんな災害でも、経過時間に合わせて、必要な支援が変化しますね。たとえば地震ですと、最初の1週間は水や毛布、食料などの最低限の生活インフラが必要とされます。1ヵ月になると、国や政府の状況にもよりますが、概ね家屋などの住宅施設が必要になります。また、食料も最低限のものではなく、温かい食事の炊き出しなどが求められるようになります。炊き出しが終わってから3ヵ月ほどが経つと、次は現地の方々自ら料理ができるよう、キッチンや食材などを整備し始めます。
関:復興の段階に合わせて支援の内容を変えていくということも、考えられているんですね。
柴田さん:はい。他には、地域性を考慮することも大切ですね。たとえば日本だと食料を支援する場合、お米を届けることが非常に大切になりますが、国によってはお米を食べる習慣自体がないということも多いです。また、家を建てる場合も、どういった様式が気候に合った一般的な家屋なのかを考える必要があります。いかに現地の文化や状勢を理解し、ニーズに合った支援を届けることができるかというのがポイントですね。
川上:災害が起きた地域の特徴を知らないと、支援は始まらないのですね。とはいえ、災害は全く交流のない国や地域など、予期せぬ地域でも当然起きることのように思います。
柴田さん:「まさか」という場所で起こることも多いです。そのため、まずは災害が起きたら、その地域の詳細を調べることから始まります。どんな地域に対しても対応できるよう、各NGOとも連携を行い、適切な支援を届けるために必要な情報の収集を行います。
状況の違いを生む、地域性の違い
関:具体的にどのような地域で、地域性の違いを大きく感じられましたか。
柴田さん:まず、先日地震のあったネパールはあまり裕福な国ではないため、山間部などの地域では構造が弱い建物がほとんどでした。そういった要素が結果として、多くの建物の倒壊に繋がってしまいました。また、ネパールの山間部は道が整備されていないため、車やバイクで入っていくことができないんです。そのため、支援物資の運搬も人が担いで運ぶしか手段がありません。担いで運べる量には、どうしても限りがあります。アクセス面での課題は、ネパールの復興を大きく阻んでしまっています。
川上:建築や道の整備など、インフラ面での課題は、被害の拡大にも繋がってしまうのですね・・・。
柴田さん:インフラ面の影響について大きく考えさせられたのは、2010年のハイチ地震でした。ハイチは地震が起きる以前から、政府が全く機能していない国として、国連などからも問題視されていました。経済的にも、今に至るまで困窮した状態が続いています。通常の復興ですと、ますは元の状態に戻すことを目指すのですが、ハイチの場合はどの状態に戻すのが最善なのだろうか、困窮した状態に戻してしまうというのでは「復興」と言えないのではないかと、判断がとても難しかったです。
関:悩ましい問題ですね・・・。本来は支援のゴールとして、期間などの基準を設けているのでしょうか。
柴田さん:私たちも支援を終わらせるタイミングについては、常に迷い、考えているというのが正直なところです。東日本大震災のような大規模なものでない限りは、3か月という期間を一応の区切りとはしていますが、あくまで目安でしかありません。その地域の置かれている状況などを含めて、総合的な判断を行うように心がけています。ハイチについては、2年以上の支援を行いました。ハイチが置かれている経済的・政治的に難しい状況に合わせる必要がある、と判断してのことです。
川上:どこまでが必要な支援で、どこからが過度な支援なのか。客観的な視点が必要になる、とても難しい線引きですね。
柴田さん:私たちは本来、あくまで緊急的な支援を行う団体です。現地に行くと「もっとお手伝いできることがあるのでは?」と思ってしまうことも多いのですが、最終的には現地の方々が支援から自立しないと、逆に援助に依存するという悪影響をもたらしかねません。とても難しいですが、悩みながら「ここまで」というラインを都度決定しています。
「支援」を身近に捉えることの大切さ
関:今年で設立15周年とお聞きしました。15年経って、活動の手応えや変化というものはいかがでしょうか。
柴田さん:15年が経ち、日本のNGOが海外で活躍できるサポート体制がかなり整ってきたのではないかなと思います。また、東日本大震災を経て、NGOに対する理解が深まったことを強く感じています。認知度が低かった頃と比較をすると、活動のしやすさという点でとても大きな違いです。
川上:災害支援が自分にとって身近になってきた感覚はあるのですが、逆にどういった点でお手伝いというか、関わることができるのかということも考えてしまいます。
柴田さん:一番大切なのは、災害が起きてから時間が経ち、あまり報道がされなくなってしまっても災害が起きた地域には人が生活していて、大半が復興作業を行っている最中だということを忘れないことだと思うんです。そういった想いや、あるいは知っている現地の情報などを、SNSなどで発信していただけるとありがたいですね。個人の発信力というものが、大きな力を持つ時代になっていますから。
川上:NGOと聞くだけで、仰々しく捉えてしまう部分も大きいのかなと個人的には思います。敷居が高いもののように感じてしまうというか。
関:私もそうですね。「支援のために何をすればいいのだろうか」と、難しく考えてしまう部分があります。
柴田さん:あまり難しく考えず、まずはSNSでの拡散など、できることをしていただいて、その行動を通じて「自分も支援に参加しているんだ」と思っていただけると嬉しいです。知っていただく、興味を持っていただくということだけでも、大きな支援ですから。ジャパン・プラットフォームではウエブサイトやFacebookを頻繁に更新し、支援活動や現地の様子をお伝えしていますので、そのきっかけにしていただければと思います。
関:身近で気軽な部分でも、「支援」と捉えていいんですね。少し、気が楽になります。
柴田さん:はい。もしそこからもう1歩進むとしたら、寄付や、あるいはより深い情報を調べて伝えていくといった部分になってくるのかなと思います。まずは「支援」ということを気軽に、気楽に、身近に捉えていただけることが、一番嬉しいです。
対談を終えて
川上:災害についてさまざまな知識を得ることができる、とても貴重な機会でした。今の日本では、多くの人がスマートフォンを持っています。そういった身近なデバイスからSNSで情報を発信することが支援になるという観点は、とても新鮮でした。ジャパン・プラットフォームさんのような活動が世界に広がっていくのは、日本中の「支援したい」という気持ちを世界に届ける、素晴らしい活動だと思います。まずは身近な友人からそういった活動があるということを広げていきたいですし、同時に、もっとご活動についての知識を深めていきたいです。
関:これまで災害の支援や、自分が何かを協力する、被災地の方々を助けるということを、とても難しいことだと捉えてしまっていました。恥ずかしながら、何か支援をしたいと考えてもそういった部分でつまずいてしまい、行動に移せないということも多かったです。今回の「SNSで発信するだけでいい」「気楽に、身近に」というお話を聞いて、まずは簡単な一歩からでいいから、支援に参加してみようと思いました。そのうえで、少しずつ自分の見識を広げていきたいです。また、仕事を通じても、災害に対する意識を深めたり、支援というものへの意識のハードルを下げるお手伝いをしていきたいと思いました。