ほんのり生活を色づける、小さな家の二人の視点
第14回 Fält 白石夫妻 インタビュー
プロフィール
白石哲也さん:「Fält」店主/グラフィックデザイナー/アートディレクター
白石乙江さん:「Fält」店主/パン教室 coto coto 主宰
池田駅から五月山のほうへ。阪急バスに乗り10分ほど経つと着く、バス停「西畑」。このバス停からすぐの坂道を上がると、見晴らしのいい高台に小さな家が姿を現します。家の名前は「Fält」。デザイン事務所兼ギャラリーとして開かれ、ときにはパン教室が行われることも。やわらかい陽の光で満ちるこの場所は、まるで白石夫妻の暮らしをそのまま映し出したような空間です。
- ―
- 普段は事務所として使われているそうですが、お住まいもこの辺りですか?
- 哲也さん:
- 住まいは川西市の清和台なんです。この物件は2013年に借りたんですが、それまでは大阪の市内に事務所がありました。最近になって家の近くで事務所があったらいいなぁって漠然と考えるようになって。
- ―
- そこから本格的に物件探しを?
- 乙江さん:
- 本腰で探してはいなかったですね。物件を探すのが好きな友人に、「ゆくゆくはアトリエのような、自分たちの活動ができる場所が持てたらいいなぁ」という話をしたら、パッと見つけてくれたんです。私がパン教室を主宰していることも知っていたので、そういうことも含めてピンときた場所があったみたい。
- 哲也さん:
- 図面を見たら、かわいいっぽいなぁと。どんな家なんやろって興味本位で不動産屋さんに連絡したんですよ。でもここに来た瞬間に、いいと思った。夏の夕方頃だったんですけど、家の中に入って外の窓を開けたら、玄関からその窓に向かって、ぱーっと風が入ってきたんですよ。すごく気持ち良かった。で、値段や詳細を聞いて、借りようって。
- 乙江さん:
- 家賃が大阪市内の事務所の半分以下だったんですよ。しかも改装しても良くて現状復帰もなし。畳も入っていなくてキッチンもボロボロという状態だったけど、「畳を入れます」と言われても自分たちで全部やるのでいいですって断って。他にも交渉して、最終的にはもう少し安くなりましたね。
- ―
- 川西市と池田市は隣り同士ですが、違いを感じたりしますか?
- 乙江さん:
- だいぶ違います。あのね、ここの上に天満宮があるんですけど、秋にお祭りがあるんです。お神輿が3基奉納される結構しっかりしたお祭りなんですけどね。パン教室に来てくれた方のご主人が、担いではるんです。それでお祭りの日に、「ちょっと!ご主人一緒に担げへん!?」って言われて、彼も興味本位で参加したんですよ。
- 哲也さん
- はっぴを着て担ぎましたよ。今では、池田に住んでいないのに青年団の西畑親交会にも入っています(笑)。
- 乙江さん:
- なんだかすごく、ウェルカム感があるところですね。
- 哲也さん:
- そうやって周りの人と知り合って、池田の話を聞くうちに、歴史にも興味を持つようになりました。調べていくとおもしろいんですよ。中国の呉の師団が猪名川沿いに辿り着いたという歴史や、中国の呉服(クレハトリ)と穴織(アヤハトリ)という姉妹が、この地に機織りを伝えたという伝承があったり。あと、能勢街道が通っているので、昔の能勢や篠山の穀物や産物が池田に集まって、それを大阪や京都の商人が買いに来たり。商談の町だったみたいですね。西国巡礼道も通っているし。江戸時代とか昔は、多くの人が通った場なんだろうなぁと考えると、町を歩いていても興味深くて。
- ―
- 小さな町なのに、いろいろな歴史がぎゅっとつまっていますよね。
- 哲也さん:
- そうそう。僕らの住んでいるところは新興住宅地なので、歴史も違えば、人の感じも全然違うというか。池田のほうが、より活気がありますね。とくにこの辺りは、ちょっと下町のような人の雰囲気がある。大阪っぽいというか。
- ―
- 隣り合わせの町なのにおもしろいですね。実際に物件を決めてから、どのようにリノベーションされたんですか?
- 乙江さん:
- まずは床をフローリングにしました。あと、奥の窓は知人の設計事務所の方が、他の古い昭和のお家を解体したときに出てきたものを、窓のサイズに合わせて細工してくれたんです。右上の窓は外の景色が見えたほうがいいとなって、普通のガラスにしたんですよ。飛行機が飛ぶ姿や、すごくきれいな夜景がこの小さな窓から見えるようになってます。
- ―
- これはもともとの窓ではないんですね。窓の見た目はもちろん、陽の入る様子もとても気持ちよくて好きです。
- 哲也さん:
- この窓を開けて反対側の玄関を開けると、風の通り道になるんですよ。すごいでしょう?
- ―
- 本当ですね。すごく気持ちいいです。
- 哲也さん:
- しかもここから、さらに上の天満宮の鳥居にまで通り道が繋がるというか。清らかな風がここを通っていく感じがするんですよね。
- 乙江さん:
- 左側の壁はもともと押し入れだったんです。反対側の壁をとって押し入れの台もとって、反対側に部屋をどんと広げるような感じに空間を開きました。こちら側には壁を付け足し、自分たちで漆喰を塗って。
- ―
- 壁の向こう側は事務所スペースなんですね。今は大きな手作りの本棚もありますね。
- 乙江さん:
- そうですね。この辺はあとからつくったかな。こうする前は木のボックスをわーっと壁一面に並べた本棚のようにしていたんですけど。
- ―
- 完成させてからも、少しずつ変えていってるんですね。
- 乙江さん:
- 事務所スペースにある大きなカウンターもね、キャスターがついていて自由に動かせるんです。イベントによってはこちら側を使うこともあります。
- 哲也さん:
- 固定されてしまうとどんなことも、ほこりが溜まっていくし、その時点から古くなっていくような気がするんです。ものを動かし続けていくことで、常に新しい空気が流れるし、新しい状態でいられると思うんですよね。だからあんまり固定したくない。
- 乙江さん:
- キッチンスペースのドアは、Sparrow Houseの細谷さんが見つけてくれて。ホームセンターでレールを買ってきて取り付けました。
- 哲也さん:
- 中は僕が適当に図面をつくってパーツを計算して。ホームセンターで材料を調達してつくっています。DIY自体は初めてだったけど、意外とできるなぁと。
- ―
- リノベーションは時間と労力がかかると思いますが、古い家の良さって何だと思いますか?
- 哲也さん:
- 家って料理で言うと器だと思うんです。で、住む人が料理そのものというか。器がどんどん人工的でプレハブのようなつくりやすいものに変化していくと、それが当たり前になってしまって、本来の暖かみのある家がなくなってしまうと思うんです。そうすると生活自体もどんどんおもしろくなくなるんじゃないかな。こういう木や土壁もそうですけど、人が自然を使ってつくったものの中で生活したほうが、豊かな暮らしを送れる気がして。庭だって、自分自身で土に芝生を植えてみたり、石を拾ってきて歩道をつくってみるほうが楽しい。
- 乙江さん:
- 建ってから何十年もあとに、私たちは借りてるでしょう。だからそこかしこに今まで住んでいた人の変な工夫を感じたり、そういうところに愛着を感じるんです。でも愛着というのは自分たちでつくっていくことも大切。この家の場合は、先ほど紹介した奥の窓とかはそういう役割もあるんです。あえて同じ時代のものを入れて。もともとあるものに自分たちが住み加わることによって、もっとよくなるというか。変わっていき居心地がよくなったことに、自分も家も喜んでる感じがする。そういうことが好きなんです。
- ―
- なんだか家も生きてるみたいですね。ここを借りることにした当初から、ギャラリーをしようと考えていたんですか?
- 哲也さん:
- ギャラリーとして正式に開いたのは、2015年の9月なので少し時間差はありますね。でも初めて訪れたときから、この場所がなんだか世界に繋がっているような感じがして。天気によっては淡路島まで見渡せるし、上には昔ながらの天満宮もある。天満宮まで登って海のほうの景色を眺めると、アジアに広がっているんだという感じがするんですよね。だから僕が一人で事務所としてここにいるよりも、いろんな人が来てもらえるようにしたほうが、場所自体が活きるんじゃないかなって。
- ―
- なるほど。いわゆるギャラリーよりも家っぽさが強いと思いますが、どのような作品を展示しているんですか?
- 乙江さん:
- 自分たちの生活からかけ離れたアートというよりも、「この作品を生活に取り入れるとしたら?」という視点で、企画しています。その作品を飾ることで、自分の生活が豊かになるというか。だから作品のサイズなども含めて、どの家にもあるような壁にぱっとかけても、いいなぁと思えるものであったり、暮らしの中に取り入れられるものを紹介できたらと思ってます。
- ―
- いつもの暮らしを少し豊かにする存在なんですね。
- 乙江さん:
- そうですね。そこは私がパン教室を始めたことにも似ていて。主婦になってしばらくしてから、どこか社会から離れたような感じがあったんですね。そんなとき自分自身を楽しくできることってなんやろ?と考えるようになって。で、浮かんだのがパン教室を開くこと。以前パン教室に通っていたので、もともと家でパンをつくることは多くて。私にとってご飯をつくることは当たり前の行為ですが、当たり前の中でパンを手づくりすることで、いつもとひと味違うおいしいという言葉をもらう。そうやって日常生活に少し手をかけていけば、非日常的な気持ちを味わえたり、満足感が得られると思うんです。
- ―
- どちらも生活の中の一部ですもんね。
- 哲也さん:
- そうですね。だからギャラリーとしては、作家さんの作品を見て何かを感じてもらうのはもちろんですが、場所全部をひっくるめて感じてもらえるような空間になるといいなと思っています。
高台に佇む小さな家には、いく通りもの暮らしの在り方が待ち受けているかのよう。玄関の扉を開けるたびに、日常生活に隠れている豊かさを優しく私たちに教えてくれます。
Fält 白石哲也さん、乙江さん
池田の山手に生まれたギャラリー。約2ヶ月に1回の頻度で絵画や陶芸作品などの展示が催されている。不定期で、乙江さんによるcoto cotoパン教室も開催。店名はスウェーデン語で「畑」を意味する。