2地域居住 ─富士山と東京、行ったり来たり─
東京から約100km離れた富士山の北麓で暮らしながら、週の半分近くは仕事で東京へ。そんな2地域居住を続ける研究所スタッフのブログです。過去50回にわたって連載したブログ「富士山麓通信」の続編となる今シリーズでは、時折り都会の出来事も織り交ぜながら、暮らしのあれこれを綴ります。

7.富士山の日

2019年03月27日

東京から富士北麓への移住を決めるとき、麓から仰ぎ見る富士山の大きさと美しさが大きなポイントになりました。そして、毎日富士山を眺めては、「今日の富士山はやさしい表情」だの「今日の富士山は荘厳な感じ」だのと、感動しながら暮らしてきました。
しかし、地元の人たちはもっと淡々としたもの。富士山は常にそこにあって空気のようなものだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれません。そんな地元の人でも、2月23日(223=フジサン)は特別な日。今回は、富士山の日の様子と富士山にまつわる諸々を綴ります。

223は、フジサンの日

山梨県では、県の条例で2月23日を「富士山の日」と定めています(平成23年12月22日公布)。その目的を要約すると、「日本の象徴である富士山への理解と関心を深め、その恵みに感謝し、愛する心を育み、保護や適正な利用を図ることで富士山の豊かな自然と美しい景観、歴史や文化を後世に引き継ぐ」こと。同年同日に公布された「富士山憲章」とともに、富士山に向き合う指針となっています。

「富士山憲章」の中で私が最も惹かれる箇所は、「富士山は、自然、景観、歴史・文化のどれひとつをとっても、人間社会を写し出す鏡であり、富士山と人との共生は、私たちの最も重要な課題」というところ。富士山を「自然」と置き換えれば、この言葉は富士山麓に住む人だけでなく人類共通の課題ともとらえられそうです。

2月23日には、地元のあちこちでお祭りやマルシェなどのイベントが目白押し。美術館や多くの施設で、入場料が無料または割引きになります。
まずは、「ふじさん祭り」が開催される地元の「道の駅なるさわ」へ。地元産のじゃがいも料理や鳴沢菜の混ぜごはんなどが無料でふるまわれ、長い行列ができていました。

続いて、同じ敷地内の「なるさわ富士山博物館」へ。ここでは、富士山の日を記念して、富士山の湧き水で淹れたコーヒーやブルーベリージュースを無料サービス。ブルーベリーも、当地の特産品です。

富士河口湖町の「富士山世界遺産センター」では、マルシェを開催。地元の樹々で作った木工小物、富士桜ポークのソーセージ、自家焙煎のコーヒー、お麩屋さん、似顔絵描き、豆本、福祉作業所に通う人たちの手作り品、鹿皮をなめして漆で加工した甲州印伝、手編みの竹ザルなどなど、盛りだくさん。
古本の再活用で知られる「バリューブックス」のBOOK BUSも来ていて、親子連れやお年寄りで賑わっていました。

「県立富士山科学研究所」へも足を運んでみました。子どもが小さいころはよく一緒に通い、その後は野草手漉き和紙の講座など、いろいろ教えてもらったところです。

久しぶりに行ってみると、当時はなかった富士山の動物の剥製も。家の近くで見かけてもなかなか写真には撮れなかったアカゲラ(キツツキの一種)やテン、キジなどもいたので、剥製ですがご紹介します。

※テン

※アカゲラ

毎日が、富士山の日

県の定めた条例では、「富士山の日」は2月23日ですが、私の場合は、毎日が富士山の日。というワケで、ここからは年間を通してとらえた富士山周辺のさまざまな姿をご紹介します。

春霞のなか、咲き乱れる花々に彩られる春富士。ここ富士北麓には、「富士櫻」と呼ばれる豆櫻が咲き乱れます。ソメイヨシノなどと違って実生の山櫻ですから、ひざ下丈くらいの幼木も花をつけ、その季節になると山中が櫻色。富士山頂のスノーキャップはだんだん小さくなります。

夏は、富士登山の季節。夜には、登山者のヘッドライトの光が、一晩中絶えることなく輝き、山腹に明かりの列を出現させます。そして8月末は、祈りの季節。富士吉田市で「吉田の火祭り」が催され、松明100本を燃やし、富士山をかたどった神輿を担ぎ、山の神に噴火を抑える祈りを捧げます。

登山シーズンが終わり、静けさを取り戻す秋の富士。9月上旬に初雪、下旬から10月上旬にかけては初冠雪を見ることができます。「初冠雪」とは夏を過ぎて初めて山頂に雪が積もって白くなることですが、同じ意味で「初雪化粧」という言葉も。甲府にある地方気象台は麓から約40キロ離れていて、雲や霧で冠雪を確認できない場合がある、というわけで、2006年から富士山のおひざ元、富士吉田市が独自の「初雪化粧」宣言を出しているのです。「富士山は、おらが山」といった地元の気概を感じさせますね。

※千円札の裏側に描かれているのは、本栖湖から見た富士山

山麓の湖も凍る厳冬期。富士山は人の立ち入りを拒むような別の表情を見せます。明けの明星が輝く冴えわたった冬空を背景にすっくと立つ早朝の冬富士は、まさに神宿る山という印象。山麓に暮らす人や動物にとっても厳しい季節で、雪に覆われると食べものを求めて里に下りてきた野生の鹿が車にはねられるという事故も時折り耳にします。

富士山と雲とお天気

天気予報に欠かせないのが、富士山と雲の関係です。独立峰である富士山には四方から気流がぶつかり、笠雲や吊るし雲が発生。たとえば飛行機雲ひとつとっても、上空の水蒸気の関係から、「すぐに消えると晴れ」「広がると悪天の前兆」といわれ、科学的な予想とされています。笠雲では、「富士山が笠をかぶれば近いうちに雨が降る」「一つ笠は雨、二つ笠は風雨」などのことわざがあり、24時間以内に雨の降る確率は、夏は75%、春・秋・冬70%で、吊るし雲が同時に出ると80~85%」だといわれているそうです(『富士山の単語帳』田部井淳子監修/世界文化社)。

登山家の故・田部井淳子さんは、『富士山の単語帳』という本の中で、「富士山からでなければ見られない景色がある」「あの美しく広がる雄大な裾野の先に自分たちは住んでいるのだと思うだけで誇らしく思える」と書いています。そして「今は頂上に立たなくても"富士山バンザイ"と大声で言えてしまう」とも。
運動音痴の私は富士山の頂上に立ったことはないのですが、日々仰ぎ見るだけで、やはり幸福感を味わえる。富士山は、そんな不思議な山なのです。

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    M.Tさん

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