11.あったまろ。
わが家にはエアコンがありません。と書くと、ミニマムライフを目ざしているように思われるかもしれませんが、理由はもっと単純。夏はエアコンの必要がないほど涼しく、冬はエアコンではとても追いつかない寒さだからです。冬場は最高気温が氷点下を下回ることもしばしばですから、いかにあたたかく過ごすかがこの季節の最大のテーマ。今回は寒冷地に暮らしながら、少しでも「あったまる」ためのあれこれをご紹介しましょう。
充たされて、あったまる
わが家には1階から3階を貫く石組みの暖炉があります。この家を建てたアメリカ人がもっとも力を入れた部分で、石組みのための職人をわざわざカナダから呼び寄せてつくったものだとか。石油ストーブのようにすぐにはあったまらないのですが、一度あったまったらやわらかな暖気が長つづきします。そして何より大きな特徴は、五感に訴えかけてくること。炎のゆらぎ、薪が燃えるときの木によって異なる香り、燃えながら木の水分が抜けていくときのかすかな音やパチパチはぜる音…そうしたものに気づいて、見入ったり耳を澄ましたりしているうちに、なんだか心が充たされて、ほのぼのとあったまってくるのです。
屋外では、やっぱり焚き火。いまどき都会では焚き火のできる場所など滅多にありませんが、そこは山暮らしならではの贅沢。ピーンと張った空気の中、ホットワインを飲みながら焚き火に手をかざすのは、静かな幸せを感じる時間です。
作りながら、あったまる
心を暖めてくれるのが暖炉なら、身体を暖めてくれるのは薪ストーブです。その上、お湯を沸かしたり、おでんやシチューを煮込んだり、サツマイモやお餅を焼いたりと、さまざまなシーンで役立ってくれる働き者。わが家の薪ストーブは野外料理専用のものではなく、ましてや外国製の高級なクッキングストーブでもありませんが、冬の暮らしには欠かせない必需品です。
おひさまの代わりに、薪ストーブ
自家製の乾物も、冬はもっぱら薪ストーブの上で。たとえ晴れた日でも外に出すと凍ってしまうので、薪ストーブの上に焼き網やホイルを敷いて水分を抜きます。干しりんごなどのドライフルーツにするなら、天日干しよりも効率的かもしれません。柚子などの皮は、干したものをミルで挽いて粉末にし、お塩やお砂糖と合わせて柚子ソルトや柚子シュガーに。爽やかな柑橘の香りを楽しみます。
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冬はホットで
夏でもあまり冷たい飲み物は口にしないのですが、冬は特にあたたかい飲み物が恋しくなります。
毎日欠かさず飲んでいるのは、手作りの甘酒。以前取材で訪ねたことのある福井県の味噌蔵から米麹を取り寄せ、電気釜の保温コースで作っているそれは、わが家全員の健康をサポートする「飲む点滴」です。今は寝たきりになってしまった老犬も、これだけは喜んで飲んでくれます。
この時季になると、ワインもホットでいただきます。そのとき手元にある材料で作りますが、今回のものは赤ワインにシナモン、グローブなどのスパイスと蜂蜜、そして薪ストーブの上で干したカボスを入れて弱火で温めたもの。カボスは、農家の友人から大量にいただいたもので、方々にお裾分けしても余ったのでドライフルーツにしました。単に身体があたたまるだけでなく、気持ちまでほぐれていくのは、お酒の効用でしょうか。外で焚き火をするときはもちろん、暖炉の炎を眺めながらぼ~っとしていたいときなど、絶好のお供になります。
抱っこは、あったかい
わが家の猫は、ふだんは人が呼んでも知らんぷりしているような「マイペース猫」ですが、寒くなると「人間大好き猫」に変身。人の腕の中があったかいのか、ひたすら「抱っこ」をせがみます。そして、猫の体温がまた人間をあたためてくれる。現在寝たきりの老犬は、自分から抱っこをせがむことはできないので、目覚めているときに抱っこして、その体温を感じることで人間の方があたためられています。
食べれば、あったかい
一方、野生の動物たちは、食べることであったまっている様子。庭の山椒の実をお目当てに雪の中をヤマバトがやってきたり、冬場だけベランダに撒いておくヒマワリの種を目当てにリスや野鳥が訪れたり。ひたすら食べるその姿を「可愛い」と見るのはあくまでも人間の感想であり、彼らにとっては生きるための切実な行動。必死に生きることの大切さを教えてくれているようで、感動すら覚えます。
動いて、あったまる
「雪かきエクササイズ」という言葉があるそうです。たびたび雪かきをしなければならない雪国で、「どうせするならひとつひとつの動作を意識してエクササイズにしてしまおう」と始まったものだとか。
当地は雪国というほどではないのですが、寒冷地だけに、東京が雨の日は必ずといっていいくらいの雪マーク。しかもわが家は標高が高いので、積雪量は里の倍くらいになります。去年の12月22日は、40cm以上の積雪。目の前の道路までは除雪車が来てくれますが、ガレージやベランダの雪かきは自分でしなければなりません。最初はいやいやでも、やっているうちにポカポカとあたたまり、そのうち上着を脱ぐほどに。額に汗する喜びを感じるときでもありますが、さて、この先何年できることやら…。
浸かって、あったまる
村の道の駅の近くには、「富士眺望の湯」を謳う日帰り温泉があります。浴槽に浸かると富士山が目の前にど~んと広がって、なかなかのもの。「パノラマ風呂」「檜風呂」「石風呂」「炭酸泉」「香り風呂」など16種類のお風呂が楽しめます。
とはいえ、私がここへ行くのは、東京の友人たちが来た時だけ。ふだんは、この温泉の湯源を引っ張った村民専用の温泉があり、もっぱらそちらへ。村民に配られる温泉パスポートを提示すれば、格安の価格で利用できるからです。とはいえ、東京と富士山麓を往復する暮らしは結構忙しくて。なかなか温泉に行く余裕もないのが残念です。
パーソナル暖房は湯たんぽで
わが家には、湯たんぽがごろごろしています。毎晩寝るときに使う湯たんぽは、犬猫の分を合わせて5個。昼間こたつの中に入れるものや来客用の予備、仕事中に膝の上にのせるミニサイズも入れると10個近く。東京の部屋にもS・M2個が置いてあって…改めて数えてみたら、自分でもびっくりです。
湯たんぽは、なにしろエコ(お湯は薪ストーブの上で常にシュンシュンと沸いていますから)。そして、やわらかなあたたかさ。電気毛布のように肌が乾燥することもなく、一度使うと手放せません。カバー付きで売られていますが、わが家ではその上にさらに大きめのカバーでおおい、あたたかさをキープ。犬猫の場合は、小さめの毛布かバスタオルでくるんでやります。
「あったまろ」と言ったものの、こうして書き連らねてみると、山の暮らしにはスイッチひとつであったまれるものは何もないことに気づきます。手を使ったり、足を使ったり、身体を動かしたりして、初めて手に入るあたたかさ。不便といえば不便ですが、日常の中で小さな幸せを実感するにはこのくらいでちょうどいいのかもしれません。