20.高原の夏
新型コロナの感染拡大から二度目の夏。「あたりまえの日常」が失われてずいぶん経ちますが、標高約1,100mのこの森では、いつものように季節がめぐっています。なんでもない普通の日々がひとしお大切に思える今。淡々と今を生きる動物たちの姿もまじえて、夏の高原の様子をお伝えします。
夏の森は百花繚乱
高原の7月8月は、さまざまな花たちで大にぎわい。季節感は平地とかなり異なり、サツキからアジサイ、アザミまで、初夏から秋の花までが同じ時期に咲きそろいます。草むらの中でひっそりと咲く小さな花、頭上に咲く樹々の花たち…意識していなければ見過ごしてしまうような地味な花も多いのですが、近寄って見ると、なかなかどうして個性的。
実は、この森に何年も暮らしながら、名前も知らないままやり過ごしてきた花たちがいくつかありました。それはやっぱり失礼だったと反省し、山歩きをする友人たちの知恵を借りて名前を確認。今回は名前入りでご覧にいれます。
そしてこちらは、樹上に咲く花たちです。
森の生きもの
夏の森で圧倒的な存在感を示すのは、降り注ぐ蝉しぐれと野鳥の啼き声(特にウグイスの谷渡りの声)です。音は載せられないのでせめて写真を、と思うのですが、私の腕では残念ながら飛び立つ寸前の鳥やセミをとらえることはできません。
とはいえ散歩の途中には、花の蜜を吸う蝶や葉っぱの上でお昼寝する蛾、そして脱皮直後のセミに出合うことも。ワクワクすることが多いという意味では、子どもの頃の夏休みに似ていると言ってもよいでしょうか。
この時期の森では、シカ、キツネ、タヌキ、キジなどの動物もよく目にします。シカは霧の出た時や夕暮れ時に出合うことが多いのですが、先日は雨上がりのまだ明るい時間帯にシカのファミリーに出くわしました。
いつも私が車で通る道を堂々と横断。単独行動の時は逃げるようにさっと森の奥に入ってしまうのですが、この時は家族連れらしく、みんなが揃うまで立ち止まって心配そうに待っています。先頭は、おそらく母鹿。まだ動きの遅い小鹿が渡り切るのを見届けてから、父親らしき大鹿が最後尾を受け持つところなど、人間の家族連れを見ているようで、なんだかジンと来ました。
やられちゃった…
こんなふうになんとも愛らしいシカですが、一方では獣害も深刻な問題。「富士北麓だけで2万頭のシカがいる」と聞いたのはもう何年も前ですが、その頃より減っているとは思えません。
里の畑まで下りていったという話は今のところ聞いていませんが、山に植林した樹々の芽を食べたり、食べもののなくなる冬場は樹皮を食べて樹を枯らしてしまうことも。地元でも頭を抱えていると聞きました。
そのシカたちが、先日はわが家の裏庭の小さな畑までご来訪。せっかく実をつけ始めたピーマン、インゲン、キュウリなどの茎をきれいに平らげていきました。
すぐ隣のトマトには全く手をつけていませんので、どうやらお口に合わなかったようです。
森の歴史からいえば、先住権があるのは彼らで、人間は新参者。森の片隅をちょっと借りるくらいの気持ちでいなければいけないのでしょう。
生長点を食べられてしまっては、もう無理かも…そんな気がして、仕事に忙殺されていたこともあり、しばらくは畑から遠ざかっていました。
そして2週間くらいたった後、畑に行ってみてびっくり! キュウリは予想通りの結果でしたが、なんとピーマンとインゲンは、食べられた生長点の傍から脇目を伸ばし、新しい花をつけ、実を結んでいたのです。
あらゆる手段を講じて、生き抜き、命をつなごうとするたくましさ!「頑張ったね」と、声をかけずにはいられません。
植物の生命力に圧倒されると共に、こんな時代の生き方のお手本を見せられたような気にもなりました。