フィンランドの教育
学校の授業は?
前回は、主にフィンランドで1990年代に行われた教育改革についてご紹介しました。今回は、フィンランドの学校で実際にどのような教育が行われているかということに焦点を当てて見ていきたいと思います。
さて、フィンランドの学校と聞くと、ものすごく自由なイメージがありますよね。どれほどユニークで素晴らしい授業が行われているのか、興味が湧いてきます。ところが、フィンランドの中高一貫校に行ってインターンをしてきた人の話を聞くと、授業内容は拍子抜けするほど普通なのだそうです。最近注目の探究学習のようなことをやるわけでもなく、最先端のICT教育があるわけでもなく、ごくごく普通の国語、算数、社会、理科といった教科を、日本に似たスタイルで教えているそうです。先生が教壇に立ち、並んだ机に生徒が座るスタイルも同じ。見てきた人が、「これでなぜ学力世界一になれるんだろう」と首を傾げるぐらい日本と変わりありません。
ただ、見た目は似ていますが、もちろん違う点もあります。一つは先生に与えられた裁量の大きさです。ある程度のカリキュラムはあるものの、それは最低限のもので、教える内容から教え方まで先生が自由に決められます。教科書も国による検定がなく、好きな教科書を選んで使うことができます。そして、もう一つは少人数制であること。1クラスの人数は20人から25人なので、先生の目が隅々まで行き届きます。フィンランドの先生の働く環境は、日本とは比べものにならないほど余裕があるのです。恵まれた環境から生まれる教員の心のゆとりが、この国の教育を支えているのかもしれません。
宿題は? テストは?
フィンランドといえば宿題がないことで有名ですが、なかには簡単な宿題を出す先生もいるそうです。ただ、宿題の出し方がユニークで「プリントを1日10分やってきなさい」という感じ。全部やらせると早い子は5分でできるけど、遅い子は1時間かかるかもしれない。それだと負担が大きすぎるので、「10分だけやってきてね」ということに。あくまでも復習することが目的なので、全部やってなくてもOK。日本のような義務感はありません。
テストは、中間や期末といった定期テストはありませんが、日々の授業の中で教わったことの理解度を測る小テストはあるそうです。面白いのは成績の付け方。まず、学期のはじめに各生徒は自分がどのくらいの成績を目指すか目標を立てます。そして、学期末に先生と個人面談をして、自分がどれくらいできたか、つまり目標を達成できたかを一緒に考えて評価していくそうです。評価は10段階で、先生が8を付けても、「自分は頑張ったと思うから9が欲しい」と交渉できるとか。先生と生徒の一方的ではないフラットな関係が、生徒の自主性を育んでいくのでしょう。
いじめへの対応は?
フィンランドの学校にもいじめはあるようです。でも、それが起きたときの対応の早さは日本とかなり違います。クラス担任とスクールカウンセラー、場合によっては医師や臨床心理士などが入り、保護者や当事者である子どもを交えた話し合いで解決していきます。「何かあったら身近にいる大人に相談しなさい」というメッセージを普段から徹底して子どもに伝えているとか。そのためか、フィンランドでは不登校がほとんど起こりません。子どもが学校に来られないのは、子どものせいではなく学校側の責任で、学校の方で対処すべきという考えあるのでしょう。ここにも"一人たりとも落ちこぼれはつくらない"という福祉国家の理念が息づいているような気がします。
と、ここまでフィンランドの教育を見てきて、個人的に感じたことがあります。それは一人ひとりの「人間」が大切にされているなぁということ。教える側の先生も、学ぶ側の生徒も、ともに信頼され、その人の意志や考えが尊重されるのです。特に先進的だったり、夢のように自由だったりするわけではないのに、それでも子どもたちの学力が伸び、自主性が育つ秘密は、この人間尊重の精神にあるのではないでしょうか。
今回、私にフィンランドの話を聞かせてくれたのは、私立の中高一貫校で先生をやっていた方です。彼女は日本の学校を辞め、3カ月間ヘルシンキの西にあるトゥルクという街の中高一貫校でスクールインターンをしました。
フィンランドの学校には制服がありません。10代の生徒たちは思い思いのファッションで登校してきます。なかにはピアスをしている子や、髪の毛を紫色に染めている子も。それで彼女は思わず先生に「服装の決まりはないんですか?」と尋ねたそうです。すると逆に不思議そうな顔をされ、「それはパーソナルな問題なので、こっちが言うことではないでしょう」という答えが返ってきたとか。表面的には日本と変りなさそうに見えるフィンランドの教育ですが、根底にある"人間尊重"の精神には大きな隔たりがあるようです。
(イラスト:中田晢夫)