研究テーマ

発酵の神秘

塩麹(しおこうじ)ブームもあって、発酵食品が見直されています。発酵食品とは、微生物の働きで人間にとって有用な食べ物へと変化した食品。塩麹に使われる麹菌も、発酵にかかわる代表的な微生物の一種です。以前も当コラムで「発酵食品にひそむ知恵」をご紹介しましたが、第2弾の今回は、発酵食品の立役者である微生物の働きにも触れながら、発酵の不思議を見てみましょう。

発酵と腐敗

食べ物の「発酵」と「腐敗」は、実は同じメカニズムで起こります。どちらも微生物の働きによるのですが、結果として人間にとっておいしく体によいものになる場合と、逆に風味が損なわれて体に悪影響を与える場合とがあるのです。人間にとって有益であれば「発酵」、有害であれば「腐敗」。そして、発酵にかかわる微生物は「善玉菌」、腐敗にかかわる菌は「悪玉菌」と呼ばれます。とはいえ、発酵と腐敗の判断は食文化や嗜好にも左右されるもの。その代表的な例が、納豆や「くさや」でしょう。くさやはムロアジやトビウオを「くさや汁」という発酵液に漬け込んで天日干しする発酵食品ですが、その独特のニオイで有名。好きな人は「風味」ととらえますが、それを腐敗に近い感覚で受け取る人も多いようです。

所変われば微生物も変わる

味噌や醤油、日本酒、焼酎などの発酵にかかわる麹(こうじ)は、蒸した穀物にカビが繁殖してできた発酵食品です。日本で発達してきたこうしたカビ食文化は、西欧やアメリカ、アフリカ大陸などにはほとんどないといわれます。それは、微生物と、そこから生まれる発酵食品が、その土地ごとの気候風土を映すものだから。たとえば、「どぶろく(カスを漉しとらない日本酒)」をフランスで仕込むと、ワインのような味に仕上がるといいます。フランスの酵母はワインをつくる酵母だから、日本の濁り酒の味にはならないのです。

生命の循環

日本酒造りには、麹菌、酵母菌、乳酸菌などさまざまな微生物がかかわっています。そして全国の老舗の酒蔵では、昔から「蔵付き酵母」と呼ばれる微生物が酒造りで活躍してきました。酒蔵のタンク内では、コウジカビが米のデンプンを糖に変え、酵母がこの糖をアルコールにしていくという「発酵」が行われます。酵母がいきいきと働くためには、タンクの中が酸性の環境になっていなければなりません。この酸性状態をもたらすのは、酵母の前に登場する乳酸菌。乳酸菌が乳酸をつくると、酒造りに好ましくない菌は増殖できなくなるのです。乳酸菌が働きやすい「場」をつくるために、乳酸菌の前に登場する菌もあります。これらの菌のおかげでタンク内の酵母菌が働きだし、初めてアルコールができてくるのですが、生き残っていた乳酸菌はこのアルコールによって死滅します。それぞれの微生物が酒蔵の中のどこかで自分の出番が来るのを待っていて、出番になったら大いに働き、役目を終えるとすーっと消えていき、次に来る微生物にバトンタッチをしていく。こうして、自然の法則の中で微生物たちの多種多様なチカラを借りて醸し出されるのが日本酒なのです。役割を心得たその見事な働きぶりを、ある酒蔵のご当主は「微生物たちが生命のバトンをリレーしているようだ」と語っていました。

腸の中は花畑

こうして仕込まれた酒蔵のタンクの中には、星の数ほどの微生物がいるといいます。同じように、私たち人間の体の中にもたくさんの微生物がいるのをご存知でしょうか。
健康な人の腸内には100兆個もの菌(微生物)が棲んでいるといわれます。腸内の菌にも体に有用に働く善玉菌(発酵菌)と腐敗物質を生成する悪玉菌(腐敗菌)があります。そして、面白いことに、善玉にも悪玉にもなりうる「日和見(ひよりみ)菌」も存在するのだとか。日和見菌は、発酵菌の元気がいいときは発酵の働きをし、腐敗菌が多くなると一緒になって腐敗の働きをするというのです。
微生物たちが棲む腸内の様子を花畑にたとえて「腸内フローラ」と呼びますが、免疫力を保つには、この腸内フローラを整えることが大切。発酵食品には、腸内の善玉菌を増やす働きがあることがわかっていて、免疫力のアップにもかかわっているといわれます。

目に見えない微生物の働きを応用してきた発酵食品は、神秘的な食べ物であり、人間の知恵の結晶ともいえるもの。この豊かな食文化を日々の暮らしに生かしながら、後世に繋いでいきたいものです。
みなさんは、ふだんの暮らしで発酵食品をどんなふうに取り入れていらっしゃいますか?

研究テーマ
食品

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