非常食を考える
今年も防災の日が近づいてきました。東日本大震災の後にも、首都圏直下地震の発生予測や南海トラフの想定震源域が書き換えられるなど、災害への備えは、いまや私たちひとりひとりの現実的な課題となっています。「もしも」を考えることは、「いつも」の暮らしを見つめ直すこと。日々の暮らしの中で何を意識し、取り入れ、実践すれば、非常時の備えになるのでしょうか。今回は、「食」の分野での備えについて考えてみたいと思います。
ふだんの延長で備える
東日本大震災の直後、首都圏のスーパーやコンビニで食料品の棚が空っぽになったのは、記憶に新しいことです。あの日をきっかけに、多くの人が家庭での食料の備蓄について考えるようになりました。災害に遭ったときのために、私たちはどのくらいの備えをすればいいのでしょう?──その答えが、スーパーやコンビニでの買い占めだとすれば、少し違うような気がします。大切なことは、私たちが日常的にどのようなものを食べ、蓄え、いざというときにそれらをどう持ち出し、使いこなせるかということではないでしょうか。
発酵学者であり食文化論者である小泉武夫さんは、「非常時に役立つ食べものは、日常生活でも元気の源となる食べもの」「日頃から正しい食生活を送ることによってのみ、いつでも持ち出せる食べものを常備し、万一に備えることが可能になる」と言っています。
日本の保存食を見直す
非常時の食事を考えるとき参考になるのは、昔ながらの日本の保存食です。冷蔵庫もなく物流システムも整っていなかった時代、人々は何をどう保存し、どんな工夫をして食べていたのでしょう。保存食は余ったものを長く大切に食べ続けるために工夫されたものですが、それはそのまま、災害や飢饉など万一のときに命をつなぐ「救荒食」でもありました。
小泉武夫さんは、その著書「賢者の非常食」の中で『賢者が選ぶ非常食ベスト20』を挙げていますが、餅、高野豆腐、湯葉、麩、納豆、干し芋、切り干し大根、干物、鰹節、梅干、味噌、漬物、佃煮など、そのほとんどが日本の伝統的な保存食です。緊急一時避難のための非常用持ち出し袋に入るものばかりではありませんが、避難生活が長引いたとき、これらの保存食品が役立つことは容易に想像がつきます。
中でも、常温で長く保存できる乾物は、非常食にぴったり。実際、東日本大震災の後は、乾物が備蓄食として注目され、レシピ本の出版も相次いでいるようです。
高野豆腐と鰹節
『ベスト20』の中でも、特に小泉さんが推奨しているのは、高野豆腐と鰹節です。高野豆腐の成分はタンパク質が52%、脂質が5~6%で、その1枚に普通の豆腐4丁分の栄養が凝縮されたすぐれもの。その上、軽くて保存がきくので、日本初の宇宙食にも採用されています。この高野豆腐、火を使わなくても食べられるということを、ご存知でしたか? お醤油を水で薄め、すまし汁くらいの濃度にした中に5分程度浸すだけで、やわらかく戻るのです。
そして鰹節は、カビの働きを利用して水分を限界まで抜き取り、おいしさと栄養だけを凝縮させた保存食。70%以上がタンパク質、残りがうま味成分という栄養の塊です。栄養を補えるだけでなく、うま味成分が心を落ち着かせ、また、それをしゃぶって唾液が出ることで免疫力も高まるとか。鰹節の素晴らしさを知り抜いた小泉さんの家の非常用持ち出し袋には、家族の人数×2本分の鰹節が常に入っているといいます。
乾物に親しむ
全国で料理教室を開くベターホーム協会が今春、受講する女性に聞いたところ、20~40代339人の3割以上が、「高野豆腐や麩を使うのは年に一回以下」と答えたそうです。使わない理由は「レパートリーが少ない」「戻すのが面倒」「調理方法がわからない」が多かったとか。
実は乾物は面倒なものではなくて、慣れ親しめば、こんなに簡単で便利なものはありません。「究極のインスタント食品」と表現する人もいるほどです。使いこなすコツは、しまいこまず、目につくところに置くこと。それについては、かつて当コラム「保存食は非常食?」や「乾物を考える」でも詳しく書き、日常使いの提案をしてきました。非常食として役立てるためには、日常的に使いこなすことが大切で、ふだん使っていないものはいざという時に使えないからです。
「食」は、命をつなぐためのもの──日常でも非常時でも、そのことに変わりはありません。だからこそ、非常食を考えるには、ふだんの食生活そのものを考えることが必要になってくるのです。
みなさんは、ふだんの食事と非常時の食料について、どんな風に考えていらっしゃいますか?ご意見・ご感想をお寄せください。