研究テーマ

ATELIER MUJIトークイベント「天然染 "未来に向けた羅針盤づくり"・・・IKTTの活動と無印良品との取組み」

このレポートは、2012年9月22日、23日にATELIER MUJIで行われたATELIER MUJIトークイベント「天然染 "未来に向けた羅針盤づくり"・・・IKTTの活動と無印良品との取組み」を採録しています。

森本 喜久男氏

IKTT(Institute for Khmer Traditional Textiles ;クメール伝統織物研究所)代表。1948年、京都生まれ。1996年にカンボジアの現地NGOとしてIKTTをプノンペン郊外に設立。以来、内戦下で途絶えかけていたカンボジア伝統の絹織物の復興と伝統的養蚕の再開に取り組む。2000年、IKTTをシエムリアップに移転し、工房を開設。2003年、 IKTTのプロジェクトとして「伝統の森・再生計画」に着手。自然染料による染織を核にし、人びとの暮らしや、その暮らしを包み込む自然環境の再生に取り組む。この「伝統の森」は、現在では、敷地のほぼ半分を木々の再生エリアとして保全・育成しつつ、約200人が暮らす「新しい村」としても成長し、行政的認可も取得。第11回ロレックス賞受賞(2004年)、社会貢献者表彰(2010年)、大同生命地域研究特別賞(2012年)。
IKTT クメール伝統織物研究所

司会 本日は天然染トークイベント「森本喜久男氏 講演会」にお越しいただきまして、まことにありがとうございます。
本日、現在、無印良品はこちらの会場で展示しております天然染めに取り組んでおります。草木染めという言葉が一般的で、耳になじみもあるのではないかと思います。無印良品が言う天然染めは、家具の製造工程で出てしまう端材やバラの枝など天然素材を使い、染め上げるというものでございまして、染料として使用した後も飼料などに使用し、余すところなく素材を活用するというものでございます。課題といたしましては、洗濯時の色落ちや、無印良品で販売する供給量の確保など、試行錯誤がありました。その活動に一緒に取り組んでいただいている森本様を本日はゲストにお迎えし、その無印良品との取り組みや、森本様が活動されていることなどをお話しいただきたいと思います。

お話しいただく前に、森本様のプロフィールを簡単にご紹介させていただきます。森本様はIKTT(クメール伝統織物研究所)の代表を務められています。内戦が続くカンボジアで途絶えかけていた伝統の絹織物の復興と、伝統的養蚕の再開に取り組まれています。具体的には荒れ地を拓くことから始め、小屋を建て、井戸を掘り、畑をつくり、野菜や桑、綿花を栽培し、養蚕をしながら自然染色の素材となる木々を植え、伝統的な染め、織りが可能な工芸村を立ち上げています。そのようなIKTTのプロジェクトサイトは「伝統の森」と呼ばれ、自然染料による織物を核にしつつも、人々の暮らしの再生と人々の暮らしを包み込む自然環境の再生に取り組んでいらっしゃいます。この活動の功績が認められ、2004年に「未来に貢献する革新的プロジェクト」としてロレックス賞を日本人で初めて受賞され、本年2012年には大同生命地域研究特別賞も受賞され、世界から注目されていらっしゃいます。限られた時間ではございますが、最後に質疑応答の時間を設けております。何かご質問がございましたら後ほど直接お伺いできればと思っております。
森本様にご登場いただく前に、伝統の森に直接足を運び体験された方のお話を少しご紹介させてください。では、鈴木さん、お願いします。

鈴木 無印良品の鈴木と申します。常日ごろ皆様には無印良品をご愛顧いただきまして、本当にありがとうございます。きょうは森本さんのお話の前に、そもそも何で無印良品が森本さんとご縁をいただいたのかということで、ちょっとなれ初めをお話ししたいと思います。
実は最初の出会いとしては、「ガイアの夜明け」をごらんになった方はご存じと思います。ムジ・グローバル・ソーシングという無印良品グループの調達会社の社長をしております達富が、約3年前に森本さんの活動がすばらしいということを伺いまして伝統の森に伺いました。達富も京都出身で物づくりということで森本さんとも意気投合しまして、それがご縁で仲よくさせていただきました。無印良品というのは実は人材教育というか社員教育にも力を入れておりまして、物づくりのすばらしい人にはぜひ会おうということで、ことしの1月に12名が伝統の森に合宿をさせていただきました。そこで森本さんとお会いいたしまして、写真とかスライドもあったのですけれども、私自身も藍の畑で実際に藍を刈らせていただいて、藍をつくる工程とか、あとここにありますような伝統の森でつくられた草木染めの素材で染めたりとかいうすばらしい経験をさせていただきました。あと、子供たちがたくさんいてすごくかわいくて、またお母さんのそばで一緒に仕事を手伝ったりとか、お母さんが見守ったりとか、初めて行ったはずなのに何か懐かしいと思うような光景でした。

森本さんとも一緒にお話しする機会をたくさんいただいて、ありがたいことに森本さんからも、無印良品の物づくりの考え方にはすごく共感するものがあると言っていただきました。森本さんも今の時代を考えるに当たって、未来に向けた羅針盤になるような仕事をしたいとおっしゃっていました。それがきっかけで今回、天然染めが実現するに至りました。今回の展覧会での「天然染"未来に向けた羅針盤づくり"」というのは、そういった時の森本さんのお言葉をいただいています。無印良品としては大変ありがたいご縁をいただいて、本当に未来に向けた羅針盤になるようなお仕事を一緒にさせていただきたいと思います。ついこの間テスト販売してもすぐ売り切れてしまったのですけれども、今後、タオルに限らず森本さんと一緒に、本当に未来に向けた羅針盤になるような、この天然染めを大事に育てていきたいと思いますので、ぜひ引き続きご支援のほどをお願いいたします。ありがとうございました。

司会 ありがとうございました。それでは、お待たせいたしました。森本さん、よろしくお願いします。

森本 こんにちは。中には、とてもとても遠路はるばる来ていただいた方もあると聞いております。本当にどうもありがとうございます。こういう場をいただいてお話しできるということをとてもうれしく思っております。本当にどうもありがとうございます。

今、羅針盤という話が出ましたけれども、結論になりますが、物づくりというのは、やっぱり常に未来を見ながらつくるものだと私は理解しております。今回、私は縁がありまして、無印良品の方たちと一緒に新しい物づくりに取り組み始めました。それは簡単に言えば、草木染めというのは色落ちするのが常識だと言われている中で、色落ちしない布をつくるということです。実は私は、カンボジアの村で草木染めを、100年前と同じような昔のやり方で自然の染料を使って染めています。それで染めたものは色落ちしません。本当にしません。だから私は冗談で言うのですけれども、とても非常識な布をつくっているのです。
何が違うかというと、「急いで染めた色は急いで落ちる、ゆっくり丁寧に染めた色はいつまでもある」これが基本なんですね。急いでしまうことで色が落ちてしまう。そして私が今、着ておりますこれ、うちのシルクです。これはアーモンドの葉っぱで染めた黒です。これもごしごし洗っても、もちろん色落ちしません。
皆様ご存じのように、20数年の内戦がカンボジアの中でありました。カンボジアには100年前はすばらしい織物、絣(かすり)の織物やいろいろな伝統の織物がありました。ところが、それが内戦の中で消えようとしておりました。私はそういう織物をもう一度復元、再現したいということで取り組み始めました。まずそういう技術を持っている人たちを捜し、おばあちゃんを捜して、そういう人たちと一緒に昔のやり方をもう1回取り戻す、そういうコラボレーションの仕事を始めたわけです。

例えば、ある織り手は、藍の染め方を知っていた。でも、藍の木を育てることや、藍の建て方は知らない。ところが別の村のおばあちゃんは、藍の建て方を知っていた。そういうジグソーパズルのピースをひとつずつ繋ぎ合わせていくような作業をしてきました。
また、例えば若い織り手で自然染料も使いたいと思うのだけれども、黒い色は何で染まるんだろうって聞くわけです。そうすると、インドガキというのですけれどもマックルアーという小さな実があって、カンボジアでは昔からそれで本当に黒いきれいな色が染められていた。彼女はその木のことも、その染め方ももちろん知らない。彼女のお母さんは彼女にそれを伝えないままに戦争の中で亡くなってしまった。ところが、私が彼女とその話をしながら、彼女の小さな家の前を見たら、実はそのマックルアーの大きな木があるんですよ。目の前にその木がありながら、彼女はそれを知らない。
こういう伝統の知恵や経験は、お母さんから娘さんにという形で伝承されてきたものなんですね。わたしたちは、それを「手の記憶」と呼んでおります。そういうものが内戦の中で伝承されずに来てしまった。私は約20年、それを取り戻す仕事をカンボジアでやってきました。それをやる中で、結果的には色落ちしない草木染めを実現してしまった。
でも、昔は色落ちしない草木染めというのが当たり前、普通だったんですね。例えば日本でも、江戸時代に染められた布がたくさんございます。江戸時代には、化学染料はございません。化学染料の歴史というのはまだ100年経つか、経たないか。だから、それよりも古いものは基本的には自然の染料しかないのです。ところが、その時代のものというのは色落ちしません。ここ40~50年のいわゆる化学染料で染められたものが主流になる中で、草木染めというのも色落ちするんだと、そういう常識がまかり通っているというか、常識化してしまった。私から見れば、結局はそうやって急いで染めた色が急いで落ちる。だから本当に大量生産の中で、手抜きというわけでもないですけれども、やっぱり丁寧に染められていないことで簡単に色落ちしてしまう。

私は、自然の素材による染めというのは、料理をつくるのと一緒だと言うのです。気持ちを込めて、心を込めてやると本当にいい色を染めることができる。気持ちがこもっていないと、やっぱり色というのは落ちる。実は私たちは、藍の木も育てて藍染めもやっております。私たちの藍染めは色落ちしません。皆さん、藍染めというのは色落ちするものだと思われている。でも日本でも、古い江戸時代の藍染めのもので今、バシャバシャ洗っても色落ちしない布はいっぱいあります。それがスタンダードだったのですね。実は江戸時代には色落ちしないのが伝統だった。だから今、私は無印の方たちと一緒に新しい物づくり・・・、言ってみれば色落ちしない草木染め、自然染めをもう一度取り戻して、それをスタンダードにしていきたいなという思いがあります。
そういう意味では、これは新しい伝統をつくることだと私は理解しています。それも普通の日常の生活の中で使えるもの。例えば今回、第1回としてタオルをやり始めて、そのタオルも自然染料で染める。なおかつ、それも色落ちしない。実は私も逆にやりながら驚いているのですけれども、堅牢度という、洗濯とか、汗だとか日光褪色とかに、どれだけ色褪せしないかという基準があります。その堅牢度の試験において大体が4級、場合によったら5級をクリアしたものもあります。それだけ高い堅牢度のものを普通につくれるようになって、だから場合によったら洗濯機でバシャバシャ──私は本当は洗濯機でバシャバシャというのはちょっと抵抗あるのですけれども、そうしたとしても色落ちしない、そういう製品・タオルがつくれるように今、なり始めております。私は今、無印の人たちと一緒に新しい伝統をつくり始めたんだ、それがスタンダードになっていく。それが私たちがこれからつくろうとしている羅針盤の意味だと理解しております。

皆さんは普通、伝統というのは保存、守るものと考えられがちだと思います。でも、実は伝統というのはつくっていくものなんですね。普通、伝統は保存とイコールで考えられますけれども、時代というのは常に前に進んでおります。だから当然、伝統も常に新しいものがつくられていく、それが歴史だと私は理解しております。例えば日本でも、室町、それから安土桃山、江戸前期、中期、後期、それから明治、そして現代と、そういう時代の変化の中でいろいろな美しいものがつくられてくる、伝統のものがいろいろとつくられてきておりますけれども、それは時代とともに変わってきております。同じものはございません。それが伝統なんです。伝統というのは常に変化してきている。だから、伝統を守ろうとした時点で実は後ろを向いて走ることになる。私は、伝統の保存は、これはもうミュージアムに任せたらいいじゃないかとよく言うのです。それがミュージアムの仕事だと思います。ただ、それをつくるつくり手というのは保存しちゃいけない。私も最近になって京都の、私より一回り上の70歳半ばの、まだ現役で最前線で着物づくりをやっておられる女性の方とお会いしてお話ししていて、彼女が「伝統なんか守っちゃいけないよ」とはっきり言われる。今、現役で最前線で物づくりされている人は、守るという意識は全く持っておられないと私は理解しております。
だから、本当の伝統というのは、常に私たちが新しいものをつくり出していく。その中で、その時代、時代の中で皆さんがそれを「あ、いいね」と言っていただけるものをつくり切る。だから逆に言えば、それをつくれない伝統はやっぱり消えていかざるを得ないのだと私は理解しています。これはちょっと言い過ぎになるかもしれないけれども、日本で例えば伝統の継承者がいない、売れないとか言われています。伝統の技術や知恵を持ちながら、素材を持ちながら、それを生かし切ることができていないから、皆さんが見て「いいな」と言えるものをつくられていない。これはやっぱり、作り手というのは常にその生みの苦しみを持っているはずですから、それを放棄したらそれはもう売れないものしかつくれない。
私は「生きた伝統」と言っておりますが、そういうものを生み出していく、つくり出していくことで、伝統を担う人たちが生きていける。私たちの「伝統の森」で働く200人、300人の織り手とその家族たち、その皆が食べていくだけのリアリティ。そのことが新しい伝統を生み出していくことの大切な要素だと理解しております。私は常にそうやって、新しい伝統をつくり出していく。それが「伝統の再生」であるのです。
皆さんこちらを見ていただくとわかります。これは深圳(シンセン)の花市場に、花束やブーケを作って出荷するときに、切り落としたバラの枝や茎です。この茎で、本当にきれいな色が染まるのです。今、ここに展示してあるとおり、ちょっとグリーンがかったグレーになりました。これはバラの独特の色だと思います。