研究テーマ

「良品計画社員と学ぶ寄付先団体の活動」第38回 ジェスペール×良品計画 被災地での子育てを、孤立させない

募金券 寄付先団体の皆さんの活動を、良品計画の社員との対談を通してお知らせします。第38回は、女性が安心して出産・育児を行える社会を目指し、被災地で助産師による妊産婦支援を行う、ジェスペールさんにお話をお聞きしました。

妊産婦の実情から浮き彫りになる、災害の爪痕

東日本大震災の被災地では、母親の産後うつ率が増加しています。震災から3年が経った今も、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ症状を抱え、不安の中で出産や子育てをする妊産婦は少なくありません。ニュースでは見る機会の少ない、被災した母子のこうした実情にも、震災の爪痕が残っています。被災地で妊産婦をサポートするNGOの活動を通して、母親たちが孤立せず、安心して出産・子育てのできる社会について考えてみましょう。

プロフィール

ジェスペール

ジェスペールは、妊産婦を支援することで、女性が安心して出産・子育てを行える社会をめざして活動する団体です。2012年に設立され、東日本大震災の被災地で女性の出産・子育て支援活動を行う助産師をつなぎ、妊産婦をサポートする活動を中心に行なっています。被災地における出産・子育てが孤立化しないよう、仮設住宅への巡回訪問や子育てサロンを開催し、妊産婦が助産師に相談できる場を提供しています。

ジェスペールについて詳しくはこちら

  • 宗祥子さん

    ジェスペール
    代表理事

    36歳で助産師をめざし、98年松が丘助産院を開院。2011年東日本大震災被災妊産婦支援のため、東京里帰りプロジェクトを立ち上げる。2012年に引き続き被災地の母子支援のため一般社団法人ジェスペールを設立。同年には一般社団法人ドゥーラ協会を立ち上げ産後ケアの充実を訴えている。日常は松が丘助産院でお産の介助、妊産婦の健診などを行っている。

  • 永澤芽ぶき

    良品計画
    くらしの良品研究所 担当課長

    1995年入社。下北沢の店舗に配属後、本部にて品質管理担当、ISO事務局、販売本部、商品部、品揃開発担当など、様々な業務を担当。その後、イオンモール川口前川と所沢西武の2つの店舗で店長を経験後、2013年9月より現職。15歳と12歳の男の子の母。

  • 前田智絵

    良品計画
    WEB事業部 ショップ運営担当

    2002年入社。2000年のネットストア業務の立ち上げにともない、スタッフとして業務に携わる。その後、お客様応対の業務など、ネットストアにて様々な担当業務を経験。現在は主に、ネットストアで販売する衣料品の商品発注の手配や在庫の管理、商品に関わる調整や進行などを行う。7歳と5歳の二児の母。

子育てサポートへの責務を感じて

大船渡市長洞(ながほら)仮設公民館
訪問のようす

永澤:育児に対する不安は、母親ならば誰しもが経験するもの。被災地で子育て支援を行うジェスペールさんの活動に、共感を覚える人も多いのではないでしょうか。活動を始められた経緯を教えていただけますか。

宗さん:私は東京で助産院を開業していまして、震災当時、テレビで次々と流れる津波の映像を見て、まず、妊産婦さんたちのことが頭に浮かんだんです。「この中に、おなかの大きな女性や、小さな子どもを抱えたお母さんがいる」と。子育てをしている方のサポートが、助産師である自分の責務だと考えていることもあり、被災地で苦しんでいる妊産婦さんをなんとか支えなくては、と強く感じたのが活動のきっかけです。

前田:私も母親なので、普段の生活が一転してしまった中での子育ては、考えるだけで胸が痛みます。どういった活動から支援を始められたのですか。

宗さん:被災地から避難してくる妊産婦さんたちを、助産院にお迎えすることから始めました。助産院は基本的にはお産をする場所ですが、病院に比べると家庭的で、より「家」に近い雰囲気ですし、出産後も滞在できるんです。とはいえ、ひとつの施設では限界があります。「より多くの方の助けになりたい」という思いで、東京都助産師会としてほかの助産院にも呼び掛けてみたら、東京にある助産院のうち、半数ほどが「受け入れる」と言ってくれて。

永澤:宗さんの呼び掛けによって、被災された妊産婦さんを東京でサポートする活動が始まっていったんですね。

宗さん:出産だけでなく、住む場所の確保、上の子の世話、病院探し、通院のつきそいなど、いろいろなお手伝いをしました。ただ、被災地から離れられないまま苦しんでいる妊産婦さんがたくさんいることも、痛感しており・・・。次第に現地での活動に目を向け始めました。

前田:今では、被災地の広い範囲にネットワークを広げて活動されています。

宗さん:1年ほどたっても、現地の状況はまだ深刻でした。なんとか活動を継続していかなくては、という思いから、「ジェスペール」を設立しました。現在は被災地で母子支援を続ける助産師や団体をつなげて、後方支援をしています。ジェスペールの「東北こそだてプロジェクト」で、これまで支援してきた母子は1万組ほどです。

永澤:1万組も!震災から3年が経ち、報道されることも以前より少なくなりましたが、まだまだ大変な思いをされている方々がいらっしゃること、改めて実感します。

地域に寄り添った支援活動

前田:現地での支援は、どういったものなのでしょうか?

宗さん:地域にもよるのですが、たとえば、震災の被害が大きかった大船渡市や陸前高田市で活動している「こそだてシップ」というNPOは、お母さんが子連れで交流したり、助産師に育児相談ができる母子サロンを開催しています。この集まりに参加したくてもできないお母さんたちには、個別に巡回訪問をして、必要なところにきちんと支援が行き届くよう、心がけているんです。

永澤:妊産婦さんたちに寄り添って、一人ひとりを支える姿勢が伝わってきます。でも、震災の影響は広い範囲に及んでいますし、支援のための移動すら、大変なのではないでしょうか。

宗さん:そうなんです。現地で支援に参加できる助産師は限られているので、サポートできる人材を東京から派遣することもあります。当たり前なんですけど、現地の助産師は被災者でもあります。それでも、困っている妊産婦さんを懸命に助け続けているんです。震災により、行政の母子サポート機能が破たんしてしまった地域もあって、助産師をよりどころとする妊産婦さんがたくさんいるからです。

前田:被災地とひとくくりにしてしまいがちですけど、地域によって実情はきっと違うんですよね。復興の進み具合も差がありそうです。

宗さん:おっしゃるように、復興の状況や住んでいる地域によっては、精神的な部分はもちろん、物理的にも孤立した中で子育てを行うお母さんたちがいます。そういった地域では、仮設住宅を訪問したり、車で迎えに行ってサポートするんです。

永澤:物理的な孤立・・・。さらに追いつめられてしまいそうです。そういった状況に置かれている妊産婦さんは、たくさんいらっしゃるんですか。

宗さん:残念ながら、少なくありません。仮設住宅は津波の心配がない高台に建設されており、交通手段も限られています。そうなると、どうしても物理的に取り残されてしまう。巡回訪問は今の東北では重要な活動です。

妊産婦の心身を支える、子育てのプロ

永澤:定期的に助産師さんが訪問してくださるのは、心強いですね。

宗さん:赤ちゃんの体重を測ったり、母乳相談にのったり、行政から受けられる手当てなど役に立ちそうな情報を提供したり。定期的に巡回する中で、夫や姑との関係など、誰にも言えずに抱えている悩みを打ち明けてくれることもよくあるんですよ。中でも多いのは、赤ちゃんの泣き声がうるさいと近隣から苦情が出るという声です。仮設住宅はとても壁が薄いんです。

前田:私も、子どもが生まれて間もないとき、泣き声が隣に聞こえてないか、すごく心配でした。仮設住宅だと、きっとさらに気を遣ってしまいますよね。生活のことなど、別の問題もあって気を張り詰めている状態でしょうし・・・。

宗さん:赤ちゃんの泣き声の悩みは、お母さんにとって大きなストレス源となっています。でも地域の人には相談できない問題。ハンドマッサージをしながら話を聞いてあげたりと、精神的な支えとなることでも、前向きに子育てができる環境につながればと思っています。

前田:お話を聞いていると、出産・子育ての不安を相談できる環境の大切さが身に染みます。悩みを親身に聞いてもらえるだけで安心しますよね。相手が子育てのプロなら、なおさらです。