研究テーマ

皆既月蝕

毎日判で押したように、東の空から昇って西に沈んでいく月ですが、その公転軌道の仕組みから、ときおり見事なイベントを私たちに見せてくることがあります。昨年、このコラムでは8月11日に起きた「スーパームーン」の話をしましたが、今回ご紹介するのは、月が地球の影にすっぽり隠れる「皆既月蝕」。日付は4月4日土曜日、およそ12分間の短い天体ショーです。

月蝕と神話

「げっしょく」には二通りの書き方があって、辞書には「月食」「月蝕」がともに載っています。どちらの字を使ってもよさそうですが、もともとは月が地球の影に隠れていく様子を「虫が葉を蝕んでいく」のになぞらえたものだとか。なので、このコラムでは「月蝕」を用いることにします。たしかに蝕と食では、「蝕む(むしばむ)」という字の方が、インパクトがありそうですね。一点の曇りもない鏡のような満月が、突然現れた黒い影に蝕まれていくのですから、昔の人はさぞや驚いたことでしょう。事実、世界の各地には、月蝕にまつわるさまざまな神話が残っていて、たとえば、インドにはヴィシュヌ神によって首を落とされたラーフという魔神が月を飲み込んで月蝕が起きるという伝説があります。また、北欧にも狼が月を飲み込んで皆既月蝕が起きるという言い伝えがあるそうで、いずれにせよ、昔の人にとって月が突如隠れるのは尋常ならざる事態に相違なく、まがまがしいことの兆と捉えてしまうのも無理ないことです。

月蝕が起きるわけ

ご存じの通り、地球は太陽のまわりを一年かけて回っています。そして、月は地球のまわりを約一ヶ月かけて回っています。この3つの天体が、「太陽→地球→月」の順に並んだときに、地球の影に月が入って、月蝕が起こります。でも、不思議に思いませんか。なぜ月蝕は毎月起きないのでしょう。「太陽→地球→月」の並びは、月に一度は起きているはず。なのに、月蝕は毎月起こりません。
その理由は、月が地球を回る軌道と、地球が太陽を回る軌道が、水平面で一致していないことにあります。軌道をレコードのような円盤で考えると、分かりやすいかもしれません。地球が太陽を回る軌道の円盤に対して、月が地球を回る軌道の円盤は、5度ほど斜めに傾いています。このため、たとえ「太陽→地球→月」の順になっても、必ずしも月は地球の影に隠れないのです。3つの天体が一直線に並び、さらに水平面の高さが一致したときのみ月蝕が起こるのです。だから、そう滅多に起きる現象ではありません。ちなみに今回の皆既月蝕を見逃すと、次は2018年1月31日まで見ることはできません。

もし空に月がなかったら。

毎日当たり前のように空に昇る月ですが、初めから地球の衛星であったわけではないようです。「スーパームーンを見よう」の回でもご説明しましたが、月の成因として現在最も有力視されているのは「ジャイアントインパクト説」。今から40億年以上も前のこと、原始の地球に他からやってきた天体が衝突し、そのとき飛び散った破片が集まって月になったという学説です。生まれたての月は地球から2万kmほどのところにあったとか。現在の距離が40万kmほどですから、当時の地球に降り立てば、今より20倍も大きな月が見えたはずです。そして、月はただ地球のまわりを回っているだけではありません。地球の自転の速度や地軸の傾きが一定なのは、なんと月が空にあるおかげ。もし月がなかったら、地軸は今ほど安定せず、自転もどんどん速くなっていくそうです。地球が豊かな自然に彩られ、私たち人類が存続していられるのも、月が引力という手綱によって地球の自転をうまくコントロールし、一定に保っていてくれているおかげなのです。

月に感謝する

コラム「人と自然 ─お月見─」でも書きましたが、古来より農耕を行ってきた日本人には月を祭る風習があったとか。「お月見」は豊かな実りへの感謝の思いを捧げる儀式だったそうです。と書くと、未成熟な文明から生まれた古代の稚拙な信仰のように思えますが、真実はその逆かもしれません。なぜなら古代の人々は、月に限らず、自然界のすべてが巧妙なバランスの上に成り立ち、どれひとつとっても欠くことのできない大切なものであることを知っていたからです。だからこそ自然への深い感謝が生まれ、万物を神として崇拝するアニミズムのような信仰が存在していたのでしょう。そういう意味では、現代に生きる私たちよりも、むしろ昔の人々の方が洞察力に富み、思慮深く、自然の仕組みを根本から理解していたようにも思えます。

4月4日土曜日。蝕の始まりは場所によって異なりますが、東京では19時15分ぐらいから月が欠けはじめ、皆既月蝕になるのは20時54分頃です。今回は月が地球の影の端の方に入るため、蝕は12分ほどで終了します。短いイベントですが、神話の時代に生きた人々に思いを馳せながら、敬虔な気持ちで、この自然の神秘を見つめてみてはいかがでしょう。
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