研究テーマ

ATELIER MUJIトークイベント「無印良品が考えるこれからの暮らし」採録

このレポートは、2012年2月18日にATELIER MUJIで行われたATELIER MUJIトークイベント「無印良品が考えるこれからの暮らし」を採録しています。

馬場 正尊氏

1968年佐賀県生まれ。Open A代表。東北芸術工科大学准教授。建築家。1994年早稲田大学大学院建築学科修了。博報堂、早稲田大学博士課程、雑誌『A』編集長を経て、2002年Open A を設立。都市の空地を発見するサイト「東京R不動産」を運営。東京のイーストサイド、日本橋や神田の空きビルを時限的にギャラリーにするイベント、CET(Central East Tokyo)のディレクターなども務め、建築設計を基軸にしながら、メディアや不動産などを横断しながら活動している。
元新聞工場をクリエイターのオフィス、スタジオ、カフェ等の複合施設に改修した「TABLOID(2010,グッドデザイン賞)」、無印良品+リビタによるリノベーションプロジェクトCase01(2008),Case02(2009)、など。 著書に『未来の住宅 カーボンニュートラルハウスの教科書』(バジリコ)、『都市をリノベーション』(NTT出版)など。

土谷 貞雄

1960年東京生まれ 1989年日本大学理工学部修士課程修了
1989年からイタリア政府給費留学生
1994年帰国後施行現場から設計営業までを経験
1997年から住宅の商品開発に携わる
2001年から独立しコンサルタントして住宅系の商品開発および営業支援業務を行う
2004年無印良品で家の商品開発と全国展開を行うために良品計画のグループ会社ムジネットに入社
2007年ムジネット取締役に就任
2008年住宅系の商品開発とWEBコミュニケーション業務を主として独立
2010年HOUSE VISIONの活動に加わる
現在は無印良品「くらしの良品研究所」のWEB企画のサポートがおもな業務。その他デベロッパー、家具メーカーなどの業務支援も数社おこなっている。中心となる業務はWEBを活用したアンケートやコミュニケーションの仕組みづくり、コラムの執筆など

土谷 皆さん、こんにちは。きょうはお休みのところありがとうございます。「無印良品が考える未来の暮らし」と銘打ったこのトークショーは本日より4日間予定しています。未来の暮らしですからわからないですけれど、時代が大きく変わっているなということはわかります。経済成長をピークに人口もピークとなり、どんどん下り坂になっています。子供の数もどんどん少なくなり、もう2人を割っていますね。それからひとり暮らしも、東京ではあと3年後には、1人世帯のほうが多くなってしまいます。すごい時代ですよね。
一方で、成熟という意味でいくと、日本は大きく成熟期になっています。若い方は今、海外にも行ったり、おいしいレストラン、すてきな空間で食事をしたり、そういうことも経験していって、どんどん暮らしに対するリテラシーというか、住まい方が豊かにはなってきていると思いますが、本当に始まったばかりですね。
これから暮らし方を自分自身で考えて決めていく、そんな時代になっていきます。
そうすると、どんな暮らし方がいいのかというお手本が必要なわけですね。きょうはそのお手本の1つを見てみようと思います。きょうはリノベーションがテーマですけれども、新しいものに住むのではなくて、古いものを直して長く使っていく、そんな美意識も日本には根づいてきています。
日本は、この30年ぐらい、すごい勢いでたくさんのマンションをつくってきました。そのマンションが、しかも決して質の悪くない住宅がたくさん残っているわけです。今日はそんな話になるかと思います。
東京R不動産ってご存じでしょうか。馬場さんは建築の分野でリノベーション、リサイクル、リユースというようにRという概念があったのを広めた人です。
『東京R不動産』という本の1号目は本当に衝撃的でしたね。
そこからもう、すごい勢いでリノベーションというのを広めていって、実践もしています。建築学校を出られた後、博報堂にいて、まさに広告というか、世の中にどういうふうにこう、事柄を作っていくかという、物語を創っていくかということをやられていて、その上で今度は雑誌をつくります。雑誌『A』というのをつくるんですが、それも、もう本当に建築やデザイナーの中ですごく評価された雑誌でした。
その後、建築家になり、そしてR不動産をやると。多彩ですが、本業は建築家です。
では、よろしくお願いします。

馬場 はい。こんにちは。今、紹介してもらった馬場です。まず東京R不動産って知っている、見たことあるという人、どのぐらいいらっしゃいますか、手を挙げてみてください。さすが、多いんですね。
東京R不動産というのを始めたのが、8年前ぐらいになります。きょうはそのプロセスも話そうかと思います。新しいものばかりつくっていくのではなくて、残った建物もやっぱり同時に何とかしていかなければならない。
古着に味があるように建物も時を経てしか出ない味というのがやっぱりあるんですよね。そういうことがヨーロッパやアメリカのように、日本で起こってもいいのではないかと思ったのが、そのころです。
では、どうしたらいいか。もちろんデザインをしていくのも1つの仕事だったと思います。もう1つはそういうものが、ちゃんと街にあって眠っているんです。、それを顕在化させて、造りかえて、皆さんに届けるということが、ものすごく大きな仕事ではないかということで、東京R不動産というのが始まっています。
僕は「Open A」という設計事務所をやっています。そこでは普通の新築の住宅もいろいろやっているんです。浜松町には小さな賃貸を借りていて、電車で1時間のところの九十九里浜の海辺に家をつくって、多拠点居住の実験をしてみたいと思って、そういうことを始めたりしています。
要するに、東京、もしかしたら日本という国の新しい住み方というか、住まい方、生活の仕方みたいなものを、開発していきたい、発明していきたい、もっと楽しく住みこなす方法はないかなみたいなことを常に考えているんです。
この7~8年は、この古い建物のリノベーションというやつを、すごくたくさんしてきました。実は無印良品とのコラボレーションをして、MUJIのリノベーションというシリーズをやったりしているんですが、後でその具体例を話していきたいと思います。
そして東京R不動産というウェブサイトも同時につくっていて、これは不動産を違った見方で見ていこうよ、空間を見ていこうよというやつですね。これはちょっと後で出てきます。
その東京R不動産というのが生まれたいきさつというのが、実は僕が古い建物のよさを引き出す可能性に気がついた歴史でもあるので、最初にそれをちょっとだけ話したいと思います。

まだリノベーションという単語が生まれるか生まれないかのころ、有志で集まって、古い建物を再生するプロジェクトをやろうよと始めたのが、2002年でした。2003年に六本木ヒルズが建って、ミッドタウンが建って、高層ビルがばんばんと建って、過剰供給されてオフィスが余ると言われた時期だったんですね。
古い建物をどうにかできないかという相談が、ぱらぱらと来るようになって、これは大きい社会現象になっていくのではないかと気がついた時期です。
でも、最初は、何をしていいかがわからなかったんです。日本は建築家といえども、新しいものをつくることを仕事のメーンにしていたし、技術的なことも、法律的なことも、全部新築基準で物事が考えられていました。では、どうやって古い建物の再生に取り組んでいったらいいのか、まず行ったのがアメリカなんです。そこで僕は結構すてきな風景をたくさん見ることになるんですが、それがその後の活動の大きな動機になっていきます。
印象的に残った風景は、ロサンゼルス郊外の廃墟になっている中華街。少し寂れてしまった商店街をイメージしてください。
そういうところだったんですけれども、結構最近ここが人気が出てきていると言われるんですね。窓からちょっと中をのぞくと、こんな風景が広がっていて、ギャラリーになっているんですよね。この華やか、ごちゃごちゃと中華街のやつの中のミニマムな、真っ白な、MUJIの空間にも似ていますが、そんなのがぽんと出てきて、このギャップは何だろう。そこにアーティストがいろいろ自分の絵を描きながら、展覧会をやっていたりして、すごい楽しそうだったんですね。
これがあることによって、また1つまた1つと空き物件が変わっていって、この中華街が若い人が集まる注目のエリアに変わっているんだということを聞きました。すごいうらやましいと思いました。
夜11時ぐらい車でふっと通って、何で人がこんなにたくさんいるんだと思って、ぽっと寄って入ってみるとブックストアカフェになっていたんですね。聞くと、「ここのオーナーが古本屋さんを古本ごと買い取った。そしてその古本をそのままインテリアにして、カフェを始めたんだ。そうすると、すごい人気が出てさ」という言い方をしている。
確かに本に囲まれた空間、結構わくわくしますよね。建物があらかじめ持っていた物語を、そのまま継承して空間にしているから、こんなに魅力的なんだと思ったんですね。だから古いのを全部リセットするのではなくて、物語を継承することの大切さみたいなものをここで感じて、すごく居心地がよかった。
これはロサンゼルスのデパートなんですが、つぶれたらしいです。
ここがどうなっていたかというと、これ、子供たちのためのワークショップギャラリーなんです。行政と市民が協力して、寄附とかも募ったらしいんです。ここでいろいろなワークショップを子供たちがやるんですが、壁にも床にも何かやりたい放題なんですよね。何かすごい自由な気がして。ぼこっと開いた窓のところ、ショーウインドーです。昔、多分洋服が飾られて、今は中でわいわい騒ぐ子供たちの風景を外から見ている。同じショーウインドーの機能はちゃんと果たしているんです。そういう意味ではストーリーを継承している。
新築だったら、子供たちはこんなに自由にやれただろうかと見ながら思ったんです。多分、東京都現代美術館とかに行って、子供が壁に落書きを始めたら、「やめなさい」と言われます。でも、もしかするとワークショップのギャラリーとか、こっちのほうが健全なのではないかなと、これは古い建物だからあり得たかもしれないと思ったんですね。そこで、新築ではないからこそ選べる自由というのもあるのかもしれないということを、この風景を見ながら思いました。
そしてもう1つ、お母さんたちがよく子供を連れてくるというんですね。なぜか。そこはお母さんたちが小さいころ通っていたデパートなんですよ。人間は帰巣本能というか、1回行ったところへ行きやすいという習性を持っていますよね。それがうまく利用されていて、デパートが世代も超えながら、バトンタッチされていったという話を聞いて、古い建物との対話とか、継承とかというところに、何ともいえぬいい感じを覚えます。
これ、ニューヨーク、マンハッタンブリッジの足元。そこに空きビルがたくさんあったんだけれども、そこがやっぱりギャラリーになっていて、DUMBOエリアといいます。ここは本当、昔は危なくて「行っちゃだめよ」と言われるエリアだったんだけれども、今はニューヨークの発信、文化拠点の1つにまでなっています。その空き物件を利用したギャラリーがあって、それをスタートにしていろいろなおもしろい人たちが集まってきて、いろいろな人が住んでという、まち自体がリノベーションされていったようなエリアです。
これは行政がいろいろやったとかいうよりも、全部ゲリラ的にアーティストがやったんです。こういうちっちゃな動きの集積でもまちは変わるんだなというようなことを感じたのをよく覚えています。こういうことをやってみたいなと思いましたね。空いたビルが絵の具屋兼ギャラリー兼カフェなんです。あらゆる機能が全部ごちゃまぜになっているんですけれども、そこがすごいよかった。
これシカゴです。ミシガン湖のほとりのオフィス兼倉庫みたいなところが空き物件だらけになって、スラム化していた時期があって、非常に危ない感じだったらしいんです。これがその典型的なビルなんですが、これは今、レジデンスに、住居にコンバージョンされています。
中を見ると、がらーんとしていて、何もなくて、おふろ、キッチンみたいな、ごろん、ごろんと、空間の中に置いてあるだけ。天井も何も張らずに。これを見ながら、住むならこっちのほうがいいなと思ったんです。日本の住宅ってどうしても2LDKとかといって、小分けにして部屋がある、でもここは大きいワンルームなんです。区切りたいなら自分で区切れという建物なんですね。でもそっちのほうが自由なのではないかなというふうなことを思いました。
オフィスや倉庫を住宅に変えることをコンバージョンとシカゴでは言うんですね。それで結構人気で、新築と家賃は変わらないというんです。だから市場としてもすごい、いつの間にか定着しちゃったと言っていて、「ああ、なるほどね」と思いました。
日本はシカゴと違って地震があったりして、そのままぼんと輸入することはできないんですけれども、ただ、そのライフスタイルみたいなものには共感するところはたくさんあるというところです。
そういうのを見てくると、どうしてもこの東京でもいろいろなトライアルをしたくなるじゃないですか。それでささやかでも何か始めようと思ったのが、8年前ぐらい。東京R不動産のきっかけなんです。最初は神田の裏通りあたりに、こんな小さい箱を見つけます。家賃がべらぼうに安かったんですね。駐車場として貸していて、下に車をとめて、上が倉庫みたいになっている。それを安くて借りて、とりあえず何かやってみようというので、自分で色を塗って、設備だけやってもらってリノベーションの最初のマスターピースみたいなものをつくってみます。でもだいぶ変わるんですよね。

窓がなかったんですが、とりあえずバキーンと開けて、ガラスをバシッとはめて、白く塗ってということをやったんです。本当にすごくシンプルな操作を加えただけ。でも、これでいいんだというところが見せられて、僕自身でも納得できたし、いろいろな人が、そうか、これでいいんだと思った。
これをやる中で、実は東京R不動産というウェブサイトに行き着くんですね。そのころは賃貸物件に手をがんがん入れるなんてあり得ない。不動産屋さんに行くと、「いるんだよね、君みたいな面倒なやつ」的な扱いを受け続けているわけです。オーナーさんを説得するのもすごい苦労したんですね。けれども、ビフォー・アフターをコンピュータグラフィックスで作ってみせると、「あ、こんなに変わるならいいよ」とかと言ってくれて、変更後見に行ったら、「えっ、こんなになるの」と、すごい喜んでいるんですよね。ビルを持っている人と住む人のギャップがこんなにあって、不動産屋さんにはその感性のギャップは埋められない。それがすごくおもしろくて。事務所の周りにも格好いい倉庫みたいな空き物件がたくさんあった。空き物件から眺める東京みたいなブログを書き始めたら、これが人気になって、「これ借りられないの?」というふうな声が殺到して、有志5人で、これは本当に借りられるようにしようよというところから、東京R不動産は始まるんです。
なので、東京R不動産というのは何かこう、すごく戦略的にきっちり始めたわけではなくて、本当に自分たちが欲しい空間をどうやって手に入れたらいいのかということを地道に考えてやっていくうちに、あ、この方法があるんだというふうに気がついた。自分の行動の延長線上にあるような感じでしたね。

そうしたら世の中には、そういうことを思っている人が実はすごく多かったらしくて、今では300万ページビューとか、会員が何万人とか、すごく支持されるウェブサイトになって、今は東京だけではなくて福岡、神戸、大阪、房総、稲村ヶ崎、金沢、山形、あと団地R不動産、後で紹介しますが、徐々にふえていって、今はいろいろなところからも相談を受けているというような状況になっています。
そうこうしていくうちに、僕自身もいろいろな古い建物の再生の設計を始めることになります。大きいやつからちっちゃなやつまでいろいろ、たくさん出てくるので、リノベーションを将来しようかなと思っている人のヒントにしてもらえればなと思います。
これは比較的大きいやつですが、築40年のでかい物件、「全部空きました」と言うんですね。それで、壊して建て直そうかと思っていたんだけれども、「リノベーションとやらで何とかなる可能性はあるの」と相談されて、見に行ったら結構いいわけですよ、何かタイルの感じとかが。1階が倉庫、上がオフィス兼住居みたいになっていた物件でした。いい感じの年のとり方をしているなというビルだったんですね。

今、これがどうなっているかというと、1階のところは真っ白い固まりのような空間をがさっと入れて、上は入るところはそのまま、サッシとかは入れかえています。ちょっと暗めの東日本橋というエリアなんですが、ここに真っすぐにきれいな空間をすぽーんと入れようと思って、こうやって。今、ここヨガスタジオに1階はなっているんです。ヨガをやっている人がちょっと見えるみたいな空間になっていますね。
これは上のほうの階です。そこにベランダがあったので、ウッドデッキを敷いて、一気に大胆にしようとお風呂をぽーんと持ってきた。それで風と太陽を浴びながらお風呂に入れるみたいな大胆な空間をつくっています。

選択と集中というんです。これはちょっとリノベーションするときのコツの1つなんですが、お金をかけるところにはしっかりかけて、かけないところには思い切りかけないという、メリハリをつけるということをここで覚えていきます。水回りは、人間が手でさわるところはみんなすごくデリケートです。特に日本人はデリケートです。だから水回りやキッチンや、肌に近い壁はきれいにしてあげる。ただ、天井とかは思い切り何もしないぐらい放置する。きれいなところと清潔なところというコントラストが多分いいみたいです。住居はこうであってもいいという若い世代が多いのではないかと思うんです。
鉄板を折り曲げただけで本棚をつくって、それをボルトでとめていってリユースの実験をしてみたり、水道管をそのまま洋服掛けにしてみたりとか、いろいろしておりました。
これはキッチンなんかすごく安くできているんですが、ステンレスの天板だけステンレス屋さんにつくってもらいました。足はコンクリートブロックをどんどんと、どんと置いただけ。下は自分で好きに棚をつくってくれというか、置いてくれと。MUJIだったらポリプロピレンをがーっと並べるだけの、それなりにもう十分いいだろうと。突き放したデザインですけれども、逆にここから先は自分でつくっていってくれ、つくり手側の余地というか、住み手側のつくる余地が、がばっと残ったような空間をつくっています。パーテーションが欲しければここに家具を置けばいいというようなつくり方をしています。