ATELIER MUJIトークイベント「無印良品が考えるこれからの暮らし─なぜ今暮らしを考えなければならないのか─」採録
このレポートは、2012年2月25日にATELIER MUJIで行われたATELIER MUJIトークイベント「無印良品が考えるこれからの暮らし」を採録しています。
土谷 貞雄
1960年東京生まれ
1989年日本大学理工学部修士課程修了
1989年からイタリア政府給費留学生
1994年帰国後施行現場から設計営業までを経験
1997年から住宅の商品開発に携わる
2001年から独立しコンサルタントして住宅系の商品開発および営業支援業務を行う
2004年無印良品で家の商品開発と全国展開を行うために良品計画のグループ会社ムジネットに入社
2007年ムジネット取締役に就任
2008年住宅系の商品開発とWEBコミュニケーション業務を主として独立
2010年HOUSE VISIONの活動に加わる
現在は無印良品「くらしの良品研究所」のWEB企画のサポートがおもな業務。その他デベロッパー、家具メーカーなどの業務支援も数社おこなっている。中心となる業務はWEBを活用したアンケートやコミュニケーションの仕組みづくり、コラムの執筆など
土谷 皆さん、こんにちは。土谷と申します。くらしの良品研究所というところに属していまして、普段はWeb上でくらしに関わるコラムや『くらし中心』という冊子などを書いています。
少し自己紹介をさせていただきます。私は建築の出身で、もともとは無印良品の家の事業を始め、その開発を行ってきました。
無印良品の家の紹介を少しします。この事業は2004年にスタートします。無印良品では身の回りの様々な商品を提供していますが、そうした商品を包むくらしの器を考えていく、ものを売っていくのでなく、暮らし方を提案する会社になっていくのだという考えでこの事業は生まれます。現在では全国で24の家の販売拠点をもち年間200棟近く販売をしています。ですが、発売当初、1日500人ものお客様にいらしていただいたにもかかわらず、思うようには売れませんでした。
この無印良品の家ですが、部屋の間仕切りはありません。「間仕切りがなくて家族で暮らせるのか」といったお声もいただきますが、これはスケルトンインフィルという考え方を基本にして、家の外側(=スケルトン)と中(=インフィル)を区別してつくることで、インフィルを後から組み変えたり、後から部屋を自由に仕切ることもできるようにと提案をしてきました。
この木の家、とても話題にはなったのですが、始めはなかなか売れませんでした。そこでこのあと窓の家というのをつくります。あるとき店舗で子供が近くを通って木の家を見た時に「倉庫みたい」と言っているのを聞いて、とても愕然としたのを覚えています。少し粗っぽい言い方をしますが、20世紀初頭に生まれた近代建築というのはある意味それまでの伝統的な形を否定するところから始まったとも言えます。多くの建築は真四角な白い箱をつくってきたのですが、この子供達にとって家のかたちの原型というのは、「箱」ではなくて、絵本に出てくるような「屋根型の家」だということを気づかされたのです。こうしたきっかけで「窓の家」をつくるようになりました。
その名のとおり、窓をどこにつけてもいいといルールにしました。どこに座って何を見るかということをまず始めに考えよう、窓をどこにあけるかを決めるということは暮らし方を決めるということなのではないかと考えたのです。
さらに、家というのは家単体ではなく、景観や街全体としてのデザインも必要と考え、1戸の家ではなく複数の家についても考え始めていました。数十集まる戸だて開発にも取り組みました。そこでは家そのものよりも、家と家の間をどうデザインしていくのかという視点に注意を払いました。「窓の家」は、窓の高さを自由に変えることができるので、隣の家の人の視線がぶつからないように計算して窓を配置していきました。そのことであえて塀をつくらないということ、窓からみた隣の家の壁を背景にして景色をつくっていくこと、その間の庭のデザインをしていくことを試みます。
4年ほど、こうした家づくりを行いながらも、暮らしに関しての疑問がいろいろとあったのも事実でした。2008年のことですが、みんなどんな暮らしをしているのだろうかと本当に思い始めて、Webでアンケートを始めてみました。毎月そのアンケートを続け、そのうちお客様の家を訪問したり、そうしたことをもとにもう一度Web上でお客様と一緒に商品開発をしたりするようになりました。(みんなで考えるすまいのかたち:無印良品の家のサイト内)。そのことが、その後現在の「くらしの良品研究所」の活動へと発展していきます。
今日のテーマは「暮らしについて考える」ということです。なぜこうしたことを言うかというと、アンケートを続けてきてわかったことは、多くの人が意見や要望を持っているものの、どんな暮らしをしたいのかという、その事例のようなものがないということがわかってきたのです。日本人にとって「暮らし方」というのは、じつは誰にも教えてもらっていないものです。急激なスピードで変化して来た戦後の60年の暮らし方。今では多くの人が海外にも行ったり、素敵なレストランに行ったり、いろいろと美しい空間は見るものの、実際、自分の家、自分の暮らしにはいかされていないのが現状です。空間の構成の問題だけではありません。もっと根本的なこととして、ものの整理整頓や、料理や掃除など、暮らしに関してまだまだ成熟していないのが日本の現状のように思うのです。どう暮らしていくのか、今まさに日本人はこの暮らしに関してもっと学習していく時がやって来たのだと思うのです。
「くらしのかたち」のWebサイトを運営するようになってから、読者の方から「実はこういう家が欲しいと思っていたんです」「こういう考え方おもしろいですね」というお声をたくさんいただくようになりました。そのことは、本当に学習だと思うのです。
アンケートとそこから見えて来たもの
2008年12月、一番初めのアンケートでは、1万人の方から回答をいただきました。本当にすごい数です。その後毎月アンケートを続けていきました。アンケートのテーマは、家族とのコミュニケーション、団らんって何だろうといったことや、リビングルームでどう過ごすのか、テレビはどんなふうに見ているのか、家族は家事を手伝うのか、朝から夜までどのように家事をするのか などです。今日はそのいくつかを紹介しましょう。
いくつかおもしろい事例を紹介すると、将来の団らんの場所について、将来どこで団らんしたいですかといった設問では、「こたつ」と答えた方が29.5%。結構おもしろいですよね。こたつの他には「囲炉裏」5.3%といった回答もあって、日本人らしい暮らしというのに回帰していきそうだということがわかりました。
さらにもう少し追ってみましょう。「将来、団らんはこたつで」と答えている人達が今どんな団らんをしていて、過去どんな団らんをしていたか、そういった相関関係をみると、将来こたつの人は、今もこたつ。そして昔もこたつという人もいますが、もっとおもしろいのは、昔はリビングでソファに座っていたけれど、今はこたつで、将来もこたつという方でした。
テレビをどんなふうに見ているかという設問では、床に座りながら見ている方が58.2%。ソファがあっても床に座っている方を含めると、ほとんどの方が床に座ってテレビをみていることがわかりました。また、結構パソコンをしながらという人が多かったです。仕事をしていたり、単にメールチェックだったり、ネット検索をしながらという方もいるかもしれません。ゲームをしながらとか、何々しながら という方も多いです。
誰と見ているかについては、やはり「1人で」が多いのですが、これは全部のデータですから、もちろんこれをクロス集計して、2人暮らしの人とか家族4人暮らしの人に分けてみますが、全体で見ると「配偶者等」というかた多いのがわかってきます。テレビは夫婦なかよくそろって見るというのが風景として浮かんできます。
絵にしてみるとさらにおもしろい結果が
アンケートを繰り返しておこなっていく中で、設問を平面図にするということも始めていきます。集計結果をまとめて絵にしてみて、こういう結果になりましたがどう思いますか? とさらに聞きます。例えば、先ほどの「床に座ってごろごろします」というご意見も、もう一度聞いてみると、理想形は「カウチで寝る」ということだったりします。
[アンケート結果]第1期第6回 理想の住まい方についてのアンケート
コラムについて
このコラムを読んだ方はいますでしょうか。「洗濯機はどこに置くのでしょうか」というコラムです。毎週書いています。洗濯機というのは通常お風呂の近くにありますが、本当にそうだろうか、キッチンの近くに置いて家事室をつくるというのはどうかという提案をしてみたところ、多くの人の意見投稿がありました。その日のうちに100人ぐらいの投稿があったのです。
当時エネルギーをかけていたのは、ひとつひとつのご意見や感想に返信していったことです。いいという反応もあれば、反対意見もあります。このコラムでは、賛成意見もたくさんあったのですが、中には「お手伝いさんの部屋みたいで、今どき家事を閉じこもってやるなんて 」という方もいました。そうした様々な反対意見をもとにすぐにまたコラムを発信していきました「(続)洗濯機はどこに置くのでしょうか」と。このようにして、たくさんの読者の方と意見を交わしていくことを毎週のようにやっていったのです。
ちなみに次に書いたコラムでは、風呂、脱衣室からバルコニーまで一直線の動線ができるようにしてみました。
そうすると、またたくさんの反応が返ってきました。それでもまた「賛成できません」と、いろいろなご意見をいただきます。
いつも思うのですが、暮らしにはすべて人に共通な正解はないということです。いろいろな考え方があって、全部いいと思うのです。それよりも、そのいろいろな考え方を、考え続けるということ、ユーザーが一緒に考えることが大事なのだと思うのです。
こうしたコラムやアンケートですが、もう5年近くやっています。たくさん返信してくれる人はもう友達みたいですね。1度だとわからないと思いますけども、アンケートに10回ぐらい答えてくれると、その人がどんな家に住んでいて何持っているかみたいなのがわかってくる感じです。