研究テーマ

小池一子氏トークイベント採録(5/5)

2009年11月11日

これだけの成長も、お客様との関わりなくしては、あり得ないんです。

このレポートは、2009年9月23日に池袋西武店で行われたトークイベントを採録しています。

無印の本をつくる。共感するスピリットを例証して

これからは、1988年につくった『無印の本』という本について、少しお話しします。無印良品のスピリット、その根源のようなものが込められたもので、アートディレクションを田中一光さんが手掛けました。
この『無印の本』には、4つの項目があげられています。

ひとつめは、「自然と」。
自然には、私たちが目を向ければ驚くような美しいパターンや模様をもった動物たち、それをつくりだすものが世界には溢れています。ウズラの卵に取り憑かれた写真家がつくっている、ウズラの卵のイメージ。動物の毛色がそれぞれの動物のアイデンティティであるということを伝える、ウールのサンプル。
それから、京都・大徳寺の三玄院というところの茶室、桂離宮の桂垣も写真で紹介されています。
自然と、という項目には、私たちのいる日本列島の中のさまざまな美しさ、そういったものを見、それらと共存していける私たちのことをもう一回伝えたいという思いがあります。我々に残された文化遺産から我々が受け取る、それらが持っている文化因子みたいなものを、日本から生まれた無印良品は受け継いでいくのだと伝えていきたい。ともすると、文化遺産はありがたく見るものと思いがちですが、実際に人々がつくってきたものをどう受け継ぐかを、常に考えていきたいと思っています。
たとえば、乾物。食品の領域では、昔から乾物をつくってきた知恵というのは、凄いものです。だから、そういうことをあらためて、提示してみる。そして、今までの生活にあった知恵をきちんと受け継ぐ無印良品であることを、伝えたいと思ってきました。

次は、「無名で」。
たとえば、このお茶碗、つくった人は知らないけれど、何ていい感じの釉薬なんだろうとか、この枯れ方がいいなあなんて感じる。そういうとき、それは無名の、アノニマス・デザインであり、クラフト(民芸)にも通じるでしょう。私たちは非常に突っ立ったデザインのすごさに驚きながら、日常の生活の中でアノニマスなものに囲まれて、静かな生活の美学みたいなものを受け取っています。だから、そういったことを大切にしていきたいのです。
たとえば、丹波の布の縞帳について、写真を紹介しています。農家の方たちが農閑期、あるいは夜に、お母さんやお祖母さんが織ってきたように織っていく、手仕事の織物です。それはデザインの作業というよりも、藍の色がよく染まったものや、あるいは生成りのものを合わせてみようというような素朴なやり方。そうやって、何百年もの間にいろいろな縞が生まれていて、その縞が厚いお帳面になっています。これだけのものを、淡々と黙々と織ってきたという、人間がやってきた事の集積の凄さ、素敵さ。
私たちはそのスピリットを、受け継いでいきたいのです。

どうやったらゴマがうまく擂れるかしらといったとき、擂りこぎの長さでも、擂り鉢の溝の深さでも、研究され尽くして、これがいいだろうと言った時の決め手が、美しいものをつくりだしています。半纏もそうです。半纏や日本の紋には、世界中のグラフィック、あるいはパターンの専門家が目を見張るほどの美しいものがあります。しかも、祭りの半纏は少し派手にしましょうなんていうときの謳いあげに、町人の粋がこもっているといいましょうか。

それから、「シンプルに」。
私たちの生活の中で自然にあるもの、それをかつての日本が生活の中でどう活かしてきたかということ。そして住環境や道具類から、そういったことを探っていくことと、無名の人たちがつくってきたもの。
そういったものをあらためて眺めたとき、結果的に、そこにはシンプルな美しさが表れているのだとわかります。

最後に、「地球大」。
これは、無印のグローバルなマーチャンダイジングと店舗計画に関するポスターをつくるとき、考えたものです。グローバルに愛される無印、世界中の人たちと共感をもってつくっていく商品、そういうことを表現したい思いから、地球大という言葉をつくりました。
さっき申し上げたロンドンの第1号店にはじまって、無印良品の店は、今いろいろな都市にあります。もし、ベルリンにいらっしゃったら、無印良品の店も是非、のぞいてみてください。緑の中庭が見えるようなところがあって、素敵な空間です。

これからの展開のひとつ、くらしの良品研究所

無印良品が生まれ、30年近くになりました。私などは、初期から夢中になって関わってきましたから、無印良品を取り巻く、大きな時代の変化も感じています。そして、それをどのように受けとめて、次のステップを踏んでいくか。そういったことを常にみんなで検討しています。

最後にひとつ、お知らせしたいことがあります。この秋、無印良品のウェブサイトに立ち上がる「くらしの良品研究所」について、です。
ウェブを通じて、お客様とインタラクティブな交流を持ち、無印良品を育てていく。皆さんもウェブマガジンでいろいろとお読みでしょうが、無印良品というのはつくった最初のときから、お客様とのやりとりの中で育ってきました。そして、これだけの成長も、そういったお客様との関わりなくしては、あり得ないんです。
「くらしの良品研究所」は、そういったデジタルなコミュニケーションのあり方を活用して、より良いモノづくりに向かっていける仕組みをつくろうと、この夏から知恵をしぼってきたことが、かたちとなり開設されるものです。

無印良品の特色は、世界でも珍しいといわれる、抽象的な概念です。だって、白の木綿のシャツなら、どこにでもあるかもしれない。白いお椀もそうでしょう。だけどここには、それらのモノをひとつにくくる、なにかがある。それが無印良品なんです。
ですから、無印良品という概念で表される「なにか」すなわち、ライフスタイルとして伝わる力とその起点をきちんと確認して、ひとつひとつのモノに、無印良品のアイデンティティがきちんと行き渡るようにしていきたい。それをまず、この「くらしの良品研究所」からはじめていきたいと思っています。
心の中に「良いもの像」をイメージしている消費者と、それを提供する側とでコラボレーションすると、さらにより良いモノづくりができる。私たちはそう考えています。良いもの像とはとても抽象的なもので、「こういうかたちのお椀がいいのではないか」「こういう素材がいいのではないか」など、たくさんあるでしょう。だからそれらを、意見を闘わせることでまとめていく。石油の時代、石油消費の時代は終わるといわれていますが、意見を育てていった先にはもしかすると、化学繊維ですばらしいものが生まれるかもしれません。そういう未来のマテリアルまでを見据えながら、考えていきたいと思っています。

今日は、かなり昔からのことをお話してきました。そしてこれからも、変わらずに続く原点のようなものや立場を、くりかえし点検し、くりかえし未来のことを見ていきたいと考えています。
そういった思いから、「くらしの良品研究所」のキーワードを、このようなスローガンにまとめました。

 くりかえし原点、くりかえし未来。

皆さんが見ていらっしゃる現在の無印の中に、これまでお話した無印良品のスピリット、原点がいきているかどうかということ。あるいは、これから先の未来は、もっとこうあってほしいという、皆様の中の良いもの像や、良い生活のイメージについて。
私は「くらしの良品研究所」を、そういった皆さんの思いをドンドン寄せていただける、大きな器にしたいと考えています。
ものが一番使いやすく、食べるものならおいしく、着るものなら快適に。これは初期から続く3つのモットーです。是非、皆さんにもいっしょに、そういう視点をどんどん活かしていける無印良品を、育てていただきたいと思います。

本日は、ありがとうございました。